本格的なナポリピッツァで有名なパルテノペ 総料理長兼統括店長の渡辺陽一氏。外食ドットビズでは、昨年8月に掲載した『食材原価高騰の時代を活きる Vol.1』の第2回 に登場して頂いた。その取材に伴うインタビューで長時間に渡り興味深いお話をお伺いした。今回はそのインタビューの内容をネット講義としてあらためて皆様にお届けする。
帰国後、最初に就職した店は当時東京の竹芝にあったマレキアーロ(MARECHIARO)というお店でした。このお店は今はもうないのですが、本格的なナポリ料理の店として海辺の素晴らしいロケーションを持ち、私自身とても期待して入社したお店でした。
なぜこのお店に就職したかといいますと当時ナポリの古典料理を日本で唯一やっていたお店だったからです。私はイタリア時代、通算6年間ナポリにいましたので、ナポリ料理に対する造詣が結構深かったのです。自分が学び、好きであったナポリ料理を日本で披露できたらいいなと考えておりましたので、一も二もなく即決しました。
ところが、2ヶ月程で社長が急にこの店を閉めると言い出したのですよ。なぜかというと姉妹店の諸事情にあったのです。そのお店は客席数が50そこそこで夜しか営業していないにもかかわらず月商2500万円を売り上げるという当時としては異常とも言える繁盛店(現在でもそうですが)でした。そのお店の危機とあって結局このお店を閉めて、スタッフ全員でそちらに移ることになりました。
超が付くほどの繁盛店でしたので、私も目一杯勤め上げてきましたが、40歳の大台を目前にしてやはり将来のことを考えるようになりました。自分でやるためにはそろそろ最後のチャンスではないのか?今までのように雇われてやっていくにはもう少し大きな会社の方が良いのでは?などと色々考えました。色々と考えた末にやはりここは
次の仕事のことを考えながら活動していた時に、また人生を左右するような運命的な出会いがあったのです (笑)。
その方は、とある大手企業の常務の方だったのですが、ちょうど新規事業を考えられていて一緒にやらないかとお誘いを受けたのです。 この会社は食品会社 なので イタリア料理をやって行くには非常に相性がいい相手だったのです。何よりもその常務がイタリアに造詣が深くイタリア料理を理解されていた方だった ことが私の就職の理由となりました。片や料理はお好きですが料理人でもなく、飲食の経験も無い、一方、私は料理のプロで、飲食のことはよくわかっています。この2人が手を組めば何か良いものができるに違いないと思い、ご一緒させていただくことにしたのです。
それからまず業態のデザインに入ったのですが、私の気持ちはナポリピッツァを中心としたお店にしたいと固まっていましたね。
もともとナポリ料理をやりたかったということもありますが、それだけではなく、ちゃんと背景といいますか、市場を見渡した上でもそれが良いと判断したのです (笑)。
当時は、既にスパゲッティハウスと言われるパスタの専門店は下火でした。それに 「 はしや 」 や 「 あるでん亭 」 などあまりに広がり過ぎていて、スパゲッティハウスは新しくもない時代になっていました。それに私のようなイタリアで修業をして “本物” を見て来た人もオーナーシェフとしてお店を開けることも珍しくなくなってきていました。かなり専門的なイタリア料理をやれる人が増えてきた時代にスパゲッティハウスを作ってもあまり意義がないだろうと考えました。
その点、ナポリピッツァはまだまだマイナーな存在でした (笑)。なにせ東京でもナポリピッツァを出していたお店が5軒あったかなかったかの時代でしたからね(笑)。でも私には、必ずやナポリピッツァは市民権を得ることができると言う確固たる確信がありました。必ずや業界に一石を投じることができると言う確信がありました(笑)。
また、ナポリピッツァはシンプルなんですけれど、差別化ができる商品でもあるのです。“ Simple is best ”と言う言葉がある反面、シンプルなものほど実は難しいのです。
例えば、パンを例に取りますと、パンはもちろん小麦粉が主体ですが、副材料もたくさん入っているのです。お塩以外にもお砂糖が入っているだとか、脱脂粉乳、蜂蜜、モルトエキスやビタミンなど、とにかく色々なものを加えます。これらは通常改良材と呼んでいますが、パンを美味しくしたり、日持ちをよくしたり、食感をよくしたりなどできるんですね。
それに対して、ナポリピッツァは小麦粉、お水、お塩と酵母しか入れたらいけないのです。これ以外は入れては駄目と言う“掟”があるのです (笑)。これだけしか使わないなんてシンプルでしょ(笑)?でも逆に言うとこの4つで作りなさいとがんじがらめでもあるわけですよ。
美味しいナポリピッツァを作るためには、
(1) ナポリピッツァに適した小麦粉を選択すること
(2) 小麦粉にあった製法で作ること
(3) 熟成・発酵の管理をしっかりできること
(4) 生地を焼く技術をしっかりとマスターすること
が非常に重要になるのです。ですから4つの材料でしか作れないナポリピッツァですが、十人十色のものができるのです。ですから美味しいかそうでないかの差別化をすることができるのです。
業態に関しては、もちろん私一人で決められることではなかったので、先の常務と喧々諤々と打合せを重ねました。もしかしたら普通の社員の方だったら私の提案は受け入れられなかったかもしれませんが、この常務はとにかくイタリア料理が好きで、イタリアにも何度も行ったことがある方でしたので、私の意見に理解していただき「ナポリピッツァをど真ん中に置いたイタリア料理店で行こう」ということになりました。
ところで何故私がこれほどナポリピッツァに夢中になったのかご存知ですか?
実はその昔、私にとってナポリピッツァはただのつまらない(?)軽食だったのです。それは決して嫌いだったという意味ではないのですが、私はそもそも料理人を志してイタリアで暮らしていましたから、当然パンから料理・お菓子まで食に関することは何にでも興味はあったんです。しかし、ピッツァに関しては美味しいものだけれど、こんなもの自分がやるものではないと思っていたんです。ある意味軽く見ていたんでしょうね?それが長いイタリアでの生活の中で自然とその素晴らしさを再認識したということなんですね。妻は大のピッツァ好きなんです。それで毎週の休みにはピッツェリアに行くことが多かったものですから。まさかピッツァが私の人生において、こんなに大切なものになるなんてその頃はとても想像できなかったというのが事実なんです(笑)。ですから、ナポリピッツァの素晴らしさを教えてくれた妻には本当に感謝しています。それなしではパルテノペも生まれませんでしたから。
渡辺 陽一
ピッツェリア PARTENOPE(パルテノペ) 総料理長
1961年愛知県出身。
高校卒業後、辻学園日本調理師専門学校(現、辻学園調理・製菓専門学校)入学。
専門学校卒業後、イタリア料理の老舗「アントニオ」に入社。
3年間の勤務の後イタリアに渡り、3年間の修行後帰国。その後再びイタリアに渡り延べ10年間をイタリアで過ごす。
2000年東京・広尾にピッツェリア PARTENOPE(パルテノペ)をオープン。その後、恵比寿、品川、横浜にパルテノペをオープンし、現在は、4店舗の総料理長。