大皿惣菜料理の草分けといわれる居酒屋「汁べゑ」の創業者であり、「くいものや楽」を中心とする多数のグループ店舗を手掛けている宇野氏。居酒屋経営者としての顔のほか、グループ店舗で社員を育て、独立開業まで導く「宇野道場」の“オヤジ”という一面もお持ちです。
厳しくも温かい教育方針で、宇野氏のもとを卒業したOBは300名近くを数え、日本全国はもとより海外でも繁盛店を作り上げています。
宇野氏が考える外食産業の魅力から、大規模チェーンとは異なる個性を活かした店作りのノウハウから、「宇野道場」で教える起業のための心掛けなどを語っていただきました。
手書きメニューは、「汁べゑ」が最初といわれているが、それは安上がりなうえに、毎日メニューを変えているので便利だったから。手で書く以上は、お客さんに見やすくしなければいけないので、そこでみんなで工夫するわけ。それは、字をうまく書くという意味ではない。字がうまくなるのを待っていたら、それこそ5年経ってしまうから。キタナイ字でも読みやすくする工夫を一所懸命に考える。僕は、紙の7割しか使うなと教えてやる。全面を文字で埋めると非常に読みにくいのに、どうしても全面に書いてしまうもの。そうなったら、コピーで70%に縮小して、もとの大きさの紙に貼ってやれば3割の余白ができる。そこに線を入れたりすれば、字を書いた本人も驚くほど見やすいメニューになる。そういった工夫が店の特徴になっていく。
畳敷や囲炉裏など居酒屋に最初に和を持ち込んだときは、珍しくて話題になった。金沢旅行をしたときに畳の上で食べる店に行ったら、若い女性の旅行者が「あ、畳だ、障子だ」なんて喜んでいた。それを聞いて、流行るに違いないと思った。それでたくさん出店したら、あっという間に大手の飲食チェーンの店舗開発の人が来て、一気に和風の居酒屋が増えましたね。入口を潜り戸にしたのは、お茶室がヒント。茶道の世界では、お茶を飲むときは誰だって身分は同じだから頭を下げて茶室に入る。それは、酒を飲むときも同じ。社長も課長もダチョウも一緒だと思って、全員が頭を下げながら入ってくる店がいいなと思っただけ。そういうアイデアを取り入れた店が当たると、「頭いいかな、オレ」なんて勘違いしそうだけど、全部自分で考えたのではなく、どこかからヒントを得て活用しただけ。どうやって扱えば自分の店に合うか、どうすれば楽しく感じてもらえるかを常に考えているかな。
食べ物を売るにはいろいろと考えないとね。簡単な例を挙げると、ボロボロのカウンターの店で燗酒を出すなら、徳利よりもでこぼこのヤカンがいいというのもアイデア。頼んだのが女性客だったら、さらに大きな差が出るね。オヤジがヤカンから注ぐ珍しい光景を見たら、「あれ、それお酒? そんなの飲むの?」と男性客は声を掛けたくなるでしょう。ところが、徳利で酒を飲んでいる女性客に「それお酒?」なんて聞かない。誰がどう見てもお酒だからね。「こうやって飲むのがうまいんです」なんて、その女性がしゃべってくれれば宣伝効果抜群で、他のお客さんも飲んでみようとなる。そういう客同士の会話が生まれるような工夫も店主の仕事だね。僕らのような店は、実力がないことを前提に運営しなければいけない。うまい寿司を握る実力があるんだったら、当然寿司屋をやるべきだからね。その実力がないから、勝つための工夫を身に付けていく。