例年春節時にランタンフェスティバル(今年は2月3日~2月17日に開催)で賑わう長崎中華街。ここは横浜、神戸と並び日本三大中華街と呼ばれる。また長崎はちゃんぽんと皿うどんの発祥の地としても知られる。今回は中華街を中心にして4店舗の中国料理店と2店舗のテイクアウトショップを経営する江山楼の若き経営者の王文耀氏にお話をお伺いしました。
1946(昭和21)年、王玉官、梅瑛夫妻により長崎中華街の1画(現本店前のテイクアウトショップ懐玉堂)に江山楼は誕生した。小さな店舗に鍋一つ、テーブル一つでのスタートであった。
- 江山楼の歴史におけるトピックをお教え下さい。
今回のインタビューのお話に対して、今年は丁度、江山楼の創業65周年の記念すべき年なので、この様に当社の歴史を振り返る機会を頂いて本当にありがたいと思っております。当社は私の祖父母にあたる王玉官と梅瑛が創業したのですが、当時は本当に今とは全く違う苦労を重ねていたと聞いております。
さだまさしさんに作っていただいた当社のイメージソングにある 『 はじまりは 小さな店だった 父ちゃんが植えた種を 母ちゃんが育てて そしてあんちゃんが咲かせた華 』 の歌詞はまさに当社の歴史を物語っていると思います。
父(王国雄氏・現社長)の時代に事業が少しづつ広がっていったのですが、祖父母による 『 父の味、母のまごころ 』 つまり美味しさとおもてなしを原点とし、それを守り続けて来たことが大きかったと思います。父は 「 うまか、きれか、親切か 」 という非常にシンプルな言葉で、お店の目指すべきイメージを表現しますが。"か"と言うのは長崎弁です。「 美味しくて、清潔(綺麗)で、親切なお店を目指す 」 と言う意味です。「 美味しい 」 は、お客様に感動・美味しいと言っていただける様な料理を提供する。「 綺麗 」 はクリンリネス、お店はいつも輝くような清潔感を保つ。「 親切 」 はお客様にご満足いただける接客を心掛けようということです。この言葉が座右の銘であり、経営理念の基本の1つといっても良いと思います。
さだまさしさんにイメージソングを作っていただいたのもトピックですね。「 秘伝 」 と言うタイトルで1991(平成3)年にお作りいただきました。
- さだまさしさんに歌を作っていただいた経緯をお教え下さい。
ご存知のように、さださんも長崎のご出身なのですが、さださんのご家族も代々、祖父母の時代から当店にお越しいただいていたようです。父のことを 「 あんちゃん(兄ちゃん)」 と呼び、現在ではお互いに本当に家族ぐるみのお付き合いをさせていただいており、年に何度もお越しいただきます。弊社が、さださんに、「 江山楼のイメージソングみたいなものをお作りいただけないかなあ 」 とお願いをしていたところ、何年か越しの1991年に念願の完成を迎えました。このイメージソングは毎日の開店の時と閉店の時に流させていただいているのですが、多くのさださんのファンの方々が閉店の時にお店の前でお聞きになっていらっしゃることも良くあります。さださんの長年の活動の中でも、「 夏長崎から 」 という平和のコンサートを無料で20年間もの間、ここ地元長崎でやられていたのですが、その前夜祭を父が出演者・スタッフの皆様をご招待し、当店で開催しておりました。この際も、さださんのファンで何故かご存知の方々が沢山いらっしゃってて、その時には全国から本当に多くの方々が当店に来られて、閉店時の音楽が流れる際は、特に外まで物凄い状態になっていました。(笑)
- ちなみにさださんは何をお召し上がられるのですか?
ここ最近は、やはりちゃんぽんを食べられますね。でも元々は皿うどんの太麺が特にお好きなんです。長崎の皿うどんには細麺と太麺の2種類があるのです。初めてお食べになられる方は、パリパリに揚げた細い麺に、あんかけの具がかかっているのが皿うどんと言うイメージがあると思います。それに対して太麺はちゃんぽんの麺を一度揚げてからちゃんぽんのスープ、醤油などの調味料で炊き込んだ商品です。細麺のパリパリとした食感に対して、太麺はもちもちした食感になっています。さださんだけでなく、江山楼通の方は最終的に太麺派になっていくことが多いですね。(笑)
ちなみに、さださんのネーミングがついた商品も当店で出させていただいています。" まっさん " というのがさださんの愛称なのですが、「 まっさん焼きそば 」 と言う商品です。これは簡単に言うとピリ辛のソース焼きそばの上に温泉卵などをかけた商品です。説明では簡単そうに思えますが、調理工程でかなり手間隙がかかる商品なのでランタンフェスティバルのような忙しい時期にはメニューから外さざるを得ないんです。ちゃんぽん・皿うどんとまた違った美味しさですので、是非とも当店でお食べになりたい方は、念のため事前にご確認いただく方がいいですね(笑)。