刺身居酒屋のはしりといえる「魚真・下北沢店」を1983年に開店したのを皮切りに、都内8店舗に“魚”にこだわった姉妹店を展開する加世井氏。築地の荷受会社勤務、家業である魚屋経営と魚一筋の経歴を持つ加世井氏から、個性ある飲食店づくりのポイントや心構えをうかがってみました。
飲食店をやる楽しみっていうのは、若い子をはじめ、いろんな人と話ができて、一緒に飲めるということかな。個人で魚屋だけやっていたら、若い子からオヤジと呼ばれることもないし、一緒に酒を飲んだり遊んだりできなかったでしょう。そういう人間関係の広がりが飲食店の魅力です。だから、店を持つにあたって、僕が一番大切だと思うのは、コミュニケーションが取れるという常識の部分ですね。
店を持つと、今まで接点の無かったオジサンやオバサンに対して、基本的な礼儀が必要になることが多くなります。自分と同世代の人だけじゃなく、下の世代はもちろん、 50 ~ 60 代の人とも正しく会話ができるようじゃないといけません。お店というのは、いろんなお客さんが来て、いろんな人が関わってくるわけですから。ちゃんと挨拶ができる、丁寧な言葉遣いで話せる、正しい字を書けるなど、経営とは関係ないと思うかもしれませんが、起業には対人の基本的な礼儀が求められるのです。うちの若い子たちにもいつも言っていますが、まだまだできてないのが現状でしょうね。特別に教えてもらえるものじゃないですから。ただ、そういう意識を常に持っていることが一番大切なんです。もちろん、いい大人と付き合って、お友達になることも必要でしょうね。チョイ悪な大人っていうのは魅力的ですが、やっぱり気をつけないと…痛い目に合いますよ(笑)。
前回、好きなことを真似して集めたのが自分の店といいましたが、やはり、自分も含めてスタッフが楽しいと思える店にしないといけません。楽しいから続けられるという人間としての基本的な歓びが店には必要です。自分が楽しんでいないと、お客さんだって楽しくないですから。自分が客の立場だったら、どんなに美味しくても楽しめない店には行ませんよね。うちの店は、スタッフと同世代のお客さんは、みんな友達みたいになっていくようです。年配の方は自分の子供のように可愛がってくれる。魚の料理の仕方とかいろいろ教えてもらっているみたいですが、そういう声を素直に受け入れられることも必要です。寿司屋にしても、若い子が握っているから、いろいろと講釈を受けているみたいですね。確かに、若いスタッフの寿司経験より、 60 才のお客さんの方が経験豊富ですからね。自分がプロであるというプライドは保ちながら、お客さんの声にはすべて耳を傾ける謙虚さ、これは、永遠に忘れてはいけないことだと覚えておいてほしいですね。
加世井 眞次
1949年東京生まれ。築地の仲買企業に魚を卸す荷受会社に就職、家業の魚屋を継いだ後、1983年に刺身居酒屋「魚真」を東京・世田谷に開店。魚一筋30余年の経歴から、魚に絶対的な自信を持つ姉妹店を都内に8店舗構えている。