刺身居酒屋のはしりといえる「魚真・下北沢店」を1983年に開店したのを皮切りに、都内8店舗に“魚”にこだわった姉妹店を展開する加世井氏。築地の荷受会社勤務、家業である魚屋経営と魚一筋の経歴を持つ加世井氏から、個性ある飲食店づくりのポイントや心構えをうかがってみました。
グランドメニューというものがないように、僕の店づくりは、常にその時に最高のものをお客さんに提供することが目標です。(注:ここで取材場所である乃木坂店の魚屋のような店構えに引かれ、近所の主婦らしき方が魚を買いに店内へやってくる)ここでも値札を付けて魚の小売りをすべきなんですよね。そうしたらもっと面白い店になる。寿司カウンターもある魚の居酒屋で、小売もできれば、魚屋が営業する店として理想的な姿になる。まだ、開店一週間ですが、小売りをしてくれという声がすごく多いですね。この辺は、魚屋がなくて、渋谷や青山まで買いにいかないと行けない。だから当然、魚屋をやれば売れるはずだし、それが最高のものをお客さんに提供することになるわけですから。肉料理を出していないのは、近隣の競合店がどこも出しているから。それに若い子だけで営業しているから、料理が美味しい割烹には絶対に勝てない。無理して攻めてもしょうがないので、一番得意なことをやればいい。その方が存在感を出せる。この店では、新鮮な素材だけをストレートに売るのが近道というわけです。
これから起業しようとする人には、僕のように現場に出ずに店を持ちたいという人もいると思います。ましてや、多店舗展開すれば現場に出ることは不可能になります。そこで大事なことは、現場に出ないからこそ、常に客の目線で店を見るということです。現場にいると、どうしても売る方の都合で物を考えて発言してしまいます。お客さんとして店に来ると、「これだったら素材を変えて値段を下げてよ」とか「味付けがまずい、しょっぱい」なんて気楽に言えてしまう。厳しいチェックのようですが、それがお客さんの声だということを理解すべきです。僕が店に来るのは、お客さんの目から見たら「君たちはこういう風に映っているんだ」とか「この 1500 円の料理は 1000 円の価値しかないよ」と言ってやるため。どんなに一所懸命に作って、それなりに安くても、方向性が違うと、お客さんは納得してくれません。 “どんなお店だったら行くか”という単純な目線を忘れてはならないと思います。
飲食店というのは、営業方法次第でまだまだ伸びるはず。大企業が大型店やチェーン店を出している状況ですが、それではできないことは何かを見つければいい。僕みたいに毎日河岸に行くことは、大手の店にはできないでしょう。起業するために武器になるものは、いくらでもあります。例えば、魚屋、八百屋、肉屋を毎日見て回って、その時に最高の物を少しずつ持ってくるようにするだけでも、その積み重ねが武器となり、店の個性になっていく。最初は真似から始まるでしょうが、真似の積み重ねていくと、自分ができるんです。嫌なことを真似しても続かないですから、自分が好きなことだけを真似て寄せ集めたものが、自分の店になっていくのだろうと思います。
加世井 眞次
1949年東京生まれ。築地の仲買企業に魚を卸す荷受会社に就職、家業の魚屋を継いだ後、1983年に刺身居酒屋「魚真」を東京・世田谷に開店。魚一筋30余年の経歴から、魚に絶対的な自信を持つ姉妹店を都内に8店舗構えている。