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悔しい思いをしても、楽しめるヤツが成功する!

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第2回 純粋な青年だったので、悔しくて泣きました

荻窪のお店を作った段階で、自己資金の1000万円が飛んでしまったので、運転資金として200万円を銀行から借りようと思ったら、またしても借りれらなかったんです。あのときの悔しさは、いまでも忘れられないですね。当時は、すごく純粋な青年だったんで、「なぜ、たかだか200万円すら貸してくんねぇんだよ」と本当に涙を流して泣きました。悔しかったですね…。でも、そこから、銀行に対するリベンジが始まるわけです(笑)。2億円借りられる男になってやろうと決意しましたね。

純粋な青年だったので、悔しくて泣きましたそこで、何をやったかというと、銀行に毎日通ったんです。開店まもなくで、売上も一日に1万円や2万円、銀行に入金する額なんてせいぜい5000円ですけど行きましたね。基本的に横着な性格なので、1週間まとめて入金しようと思うのですが、あの悔しさが毎日行かせたんです。わずか4000円の入金でも敢えて銀行に通いました。そうすることで、銀行も信用してくれるんじゃないかなと期待したわけです。お金も地位も何もない人間が信用されるには、そういうことをきっちりするしかないんじゃないかと思ったんですね。そうこうしているうちに、銀行の支店長さんたちが飲みに来てくれて、初めて名刺交換をしてもらった。やっぱり、嬉しかったですよ。その銀行とは未だに取引があって、新しい店を出店するときに必ず借り入れをしています。2億円まではいかないけど、総額1億数千万円は借りられるようになりました。

西荻窪は、失礼ながら三流の繁華街でしたから、お客さんが来ないという悔しさも味わいました。宇野のオヤジのところで同期だった連中には、渋谷や吉祥寺、自由ケ丘といった華やかなところに出店した人もいました。もちろん、結果がすぐに出る。今月は600万円、1000万円売ったとか、雑誌やテレビで取り上げられたとかね。某雑誌で荻窪特集が組まれて、次号は西荻窪かなと思ったら吉祥寺に飛んじゃうこともありましたね。これは、新しい客に期待するより、来てくれているお客さんを楽しませなきゃいけないんだと思ったんです。取材なんか来ないし、期待してもしょうがねぇ、自分自身が商売を楽しもうと考えはじめた頃から売上が伸びるようになりましたね。9坪22席の店ですが、2年目には月400万円以上を売るようになっていたんですよ。お客さんが入りきれなくて、店の外にテーブルを置いたりして、本当に嬉しくて楽しかったですよ。そうなると、今度はテレビや雑誌の取材が来ても断ったりしてね(笑)。これもリベンジですね。



岩澤博

岩澤 博

1961年生まれ。アパレル営業を経て飲食業を志し、楽コーポレーションの宇野隆史氏に師事。5年間で開業資金1000万円を貯め、1993年西荻窪に「てやん亭゙」1号店をOPENさせる。現在は表参道、西麻布などを中心に大人の隠れ家的居酒屋を展開。スタッフ教育にも尽力し、新たな起業家を輩出するなど、熱い挑戦を続けている。

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