衛生問題を考える~外食産業コンプライアンスとHACCP~

衛生問題を考える 外食産業コンプライアンスとHACCP

第4回 最終回 外食産業コンプライアンスとHACCP(4)

大学における衛生管理の講義とは?

加藤 : 私の講義にはないですが、相当の時間を割いていると思います。一般的な衛生管理を学ばせるだけで、意識レベルが上がるはずです。HACCOPを究極のゴールにするのはいいですが、それまでに学ぶ衛生管理は全く別の内容です。外食産業は、それができていない。

坂尻 : できていないのはなぜですか?

加藤 : 時間がない、教える人がいないのが理由でしょう。もし、『ガイドブック』が上にいる人に渡って、読ませるだけで意識が違ってくるはずです。例えば、トイレに行ったら2回手を洗う習慣をつけるには、1回目は清潔のため、厨房に入る前の2回目が衛生のためと理解する。ただ2回洗えと指示するのではなく、理由を教えることで実践につながると思います。

坂尻 : 外食企業での衛生管理を教えるビデオや教材の整備状況は?

加藤 : あるとは思いますが、見たことないですね。衛生管理には、お金と時間を掛けたくない。どうしてかというとお金を稼がない取り組みだから。経営者から徹底した意識改革をしなければいけないでしょう。

加藤氏「経営者から徹底した意識改革を」
加藤氏「経営者から徹底した意識改革を」

お客様の命を預かっているという意識も気薄?

坂尻 : そうかもしれません。重要な問題ですから、現場で営業責任者をしていたときはマニュアルではなく実践で教えていました。お母さんが出てきた料理を子供の口へ持っていくという、どこにでもある場面に注目させ、「あの光景から感じることはないか」と問うのです。この食べ物が安全なのか、子供に食べさせていいものか、まるで意識していない。子供も何も疑わずに食べている。「全面的に我々の店を信用している姿を見て、自分の仕事の大切さを分かってくれ」という教え方をしました。お客さまの健康と命を預かっていることを強く意識できます。これをきっかけにして、衛生管理のルールやマニュアルをつなげていくと効果があるように思います。

加藤 : 近年は、BSE問題が騒がれていますが、BSEでなくなった日本人は一人だけです。その一方で、食中毒は毎年多くの人が亡くなっています。BSEの前に、食中毒で亡くなる命を意識すべきだと思いますね。

食中毒は、やはり夏に多く発生する?

坂尻氏「防ごうと思えば防げることをいかに徹底させるか」
坂尻氏「防ごうと思えば防げることをいかに徹底させるか」

加藤 : 冬が多いのです。月平均の統計では12月の事故件数が1番多く、8、7、3、9月と続きます(平成15年資料)平成16年になると、夏から秋口に掛けてがまた多くなりますが、実は冬も怖い。冬はノロウィルスが原因です。『ガイドブック』を制作した現場の人も怖がっていました。ある料理長は、料理人全員に一切生ガキを食べるなという指示を出したそうです。できればご家族にも食べないで欲しいという徹底振りです。検便でノロウィルスが検出されたら勤務停止。なかなか治らないときは、大変申し訳ないがご家族にも検査してもらう。だいたい家族にいるらしいです。そこまで徹底しないといけないのです。

坂尻 : ノロウィルスの伝染を防ぐ方法は、手洗いの徹底が効果的です。それから調理器具やダスターの消毒。防ごうと思えば防げるのですが、それをいかに徹底させるか。守らなかった人がいた場合に発見できるか。その仕組みづくりが有効でしょう。ITを利用して、人の目で管理できない部分をチェックすることも必要かもしれません。冷蔵庫の温度管理とか雑菌の汚染度をITで判断する。手を洗ったあとに、就業していいというレベルに達しているかを判断、だめならもう一度手を洗う。そのチェックを通過して、はじめて厨房に入れる。そういう管理ができるのであれば、ITは非常に効果的ですね。

加藤 : そこまではいきませんが、営業後に厨房の電気を落とすと、自動的に紫外線が照射されて殺菌する殺菌灯のシステムはあります。スイッチを入れずに帰ってしまうこともあるそうですが。

坂尻 : そこにITが絡み、スーパーバイザーや本部にスイッチ忘れの警告が発せられるところまでいくといいですね。

衛生管理に向けて、直すべきことは?

加藤 : 保健所とのつき合い方ですね。もちろん、保健所にも直してほしいところはあります。現場の話を聞くと、指導内容が保健所によって違うらしい。ダンボールに卵が並んでいるのから、直接卵を出して使うのがダメだと指導された料理長がいました。ケースから出し、次亜塩素酸ソーダにつけこんで殺菌してから冷蔵庫にしまいなさいという指導です。しかし、系列店は同じ方法で何もいわれなかったそうです。指導された料理長が、「うちの管内は皇族が多いんですよね」といったので、全員が納得したそうですが・・・。

坂尻 : 指導基準がバラバラはまずいですね。事故の起こらない指導の仕方や仕組みを作ってほしいです。また、外食店は、保健所が指定する食品衛生責任者を習得して置かなければいけないのですが、2日間の講習で誰でも資格を取得できてしまうのも問題があるような気がします。もう少し厳格にしてもいいのではないでしょうか。

加藤 : 保健所と店舗は、対立するのではなく、一緒になって食中毒をなくしていくよう協力すべきです。こうしてはいけないだけではなく、こうしていきましょうというスタンス。分からないことは保健所に聞く。信頼関係を作る意識が大切でしょうね。

坂尻 : 私も日頃から相談することが大切だと思います。保健所の人たちは、衛生管理のプロフェッショナルですからね。企業全体で取り組むのはもちろん、店舗単位では、保健所と協力体制をつくる。地域でセミナーを開催したり、定期的に職員に巡回してもらって、改善点を指摘してもらってもいいでしょう。これができれば、食中毒の件数は激減するはずです。
それから、衛生管理は企業のトップである社長の役目と思う意識も必要です。企業防衛、お客さまの命、従業員の生活にかかわる重要な問題ですから、トップ責任で、意識付けや仕組みづくりをするべきだと思います。

加藤 : 長期間、事故がなかった店舗を表彰するという制度も必要ではないかと思います。

坂尻 : 夏にむけて現場の皆さんにアドバイスをお願いします。

加藤 : 食中毒防止の三原則は、「つけない・増やさない・殺す」。『ガイドブック』では、その前段に「もちこまない」もつけ加えています。夏は、お客さまの体力が落ちて食中毒になりやすいですし、厨房内の室温が上がって菌の繁殖が活発になるので細心の注意が必要です。皆さん、すでにご存知だとは思いますが、こういうことをスタッフ全員に教えていくことが一番大切なことなのです。

加藤氏「保健所と店舗は一緒になって食中毒をなくすよう協力をすべき」
加藤氏「保健所と店舗は一緒になって食中毒をなくすよう協力をすべき」

菌を持ち込まないためには?

加藤 : 現場では、人と食材のチェックで、持ち込まないようにします。従業員の健康管理を徹底して、下痢の人や手が荒れている人を働かせないようにしてください。食材に関しては、HACCPを習得していない企業とは、取引しないという方法があります。中小店舗ではそういってられないので、自己責任で気を付けるしかありません。日頃から、信頼できる業者から間違いないものを買うようにしてください。

坂尻 : 衛生管理の課題に対して、一歩ずつ踏み込んでください。完成形をいきなり求めるのではなく、夏までにここを改善しよう、気を付けようと着実に進めて行くことが大切です。

加藤 : 運ばれた食材を夏の太陽の下でほったらかしにしないなど、小さなことからひとつずつ意識を変えていくようにしてください。私が感銘を受けた言葉に、「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」というものがあります。運よく勝つことはありますが、負け戦には必ず理由があるのです。食中毒の事故には必ず原因があります。小さなことの積み重ねで原因を見つけ出し、事故を防いでください。

電化厨房フォーラム21での今後の活動は?

加藤 : 外食産業部会では、『衛生管理ガイドブック』の指導者用を作ります。ガイドブックを徹底するために。調理長など向け。現場でわかりやすいように。教科書でいうと先生が読む指導要項的なもの。それを今年度中に作ります。



加藤 秀雄

加藤 秀雄

1951年、東京生まれ。73年、日本経済新聞社入社。88年春、日経BP社に出向、「日経レストラン」の創刊準備に携わり、88年10月の創刊時から副編集長。91年9月から2000年7月まで9年9カ月間、編集長を務める。
2000年12月、フードサービス業界向けとしては初の本格的ポータルサイト「Foodbiz」を立ち上げ、プロデューサーに就任。2003年1月、ベンチャー・サービス局次長、同年3月1日付で「日経レストラン」と「日経食品マーケット」の発行人に就任。2006年3月、日経BP社を退社。
98年4月から、女子栄養大学非常勤講師を兼務。2005年4月から、大正大学講師も兼務。

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