加藤 : 『日経レストラン』誌を手掛けていたことから、マスコミの立場で衛生管理を見てきました。いろいろなお話をうかがいましたが、印象的だったのは、バイオの力で生ゴミを土に返す技術がもてはやされたときに、外食企業出身の衛生管理会社のある社長が“微生物を厨房に持ち込みたくない”とおっしゃったことです。そういう思想があるのかと第三者の立場から感銘を受けました。
坂尻 : 私は外食企業におりましたので、衛生管理や食中毒への取り組みを現場で見てきました。当該部署ではなかったのですが、入社当初に比べると、世の中で事件が頻発したこともあって、衛生管理の重要性が日増しに強くなっていく印象を受けました。衛生問題への取り組みは、「企業防衛の最重要課題」ではないでしょうか。いまの仕事に就いて、いろいろな外食店の厨房を見るようになると、あまりにひどい状況に驚きました。いつ事件 ( 事故 ) が起きてもおかしくないレベルの店舗が多い。現場を預かる人たちの知識や取り組み方に甘さを感じます。衛生管理は、やってやり尽くすことはない永遠のテーマなのです。
加藤 : やはりお金を稼ぐ取り組みではないし、逆に、コストが掛かってしまうものなので、意識レベルは低いかもしれないですね。何らかの 事件 ( 事故 ) が起きて、トップもようやく重要性を理解する。現場が一生懸命に動いて経営陣を説得することができればいいのかもしれません。某ホテルチェーンでは、検便だけで 2000 万円も掛かったと聞きましたが、グループ内で 事件 ( 事故 ) が発生してはじめて予算化されたそうです。
坂尻 : コストの問題ではなく、意識の問題ですね。特にパート・アルバイトの多い業態は従業員の入退社も激しいので、頻繁に検査する必要がありますね。
加藤 : ある店舗で O157 の健康保菌者が5人も出たという例がありました。驚いて調べてみたら、実際には 1 人だけでした。先輩達に命令されて、その人がひとりで5人分の検便サンプルを出していたそうです。その程度の意識しか持っていない現場も多いです。ひとつの厨房に O157 の保菌者が5人もいたら保健所がすっとんできますよね(笑)。
加藤 : 東京電力が 組織 ( 主宰 ) するもので、業務用電化厨房の普及を図ることをテーマにしています。私が部会長を務める外食産業部会のほか、医療・福祉、学校、厨房設計、新調理システムの 5 部会が活動しています。昨年度に外食産業部会は、パートやバイトの方に簡単に衛生管理を理解していただくための『衛生管理ハンドブック』を作成しました。厨房設計部会では、 IRS (インテリジェント・レストラン・システム)にも取り組んでいます。厨房に IT を持ち込んだり、厨房を電化したりすることで、心理的・体力的な負担を軽減するといった勉強もしています。外食産業部会のメンバーには、飲食店関係、厨房設計、ホテルの方が多いです。『衛生管理ハンドブック』の制作にあたっては、ホテル、居酒屋チェーン、厨房設計の方々が参加してくれたので、現場の意見や意識を誌面に織り込むことができました。監修していただいた共立薬科大学の中村明子先生からも“現場発想のハンドブック”として、ご評価いただきました。
坂尻 : 私も感動しました。俗にいうマニュアルではなく、現場の発想や状況がにじみ出ていますね。マンガやイラストの多い物語仕立てになっているので、パートやアルバイトの方たちにも気軽に読めて、ポイントもきっちり押さえてあります。
加藤 : トップダウンの衛生管理では堅苦しいし、従業員には伝わりにくい。毎日の朝礼で使っていける本にしたいという思いがあったのです。また、 HACCP にも言及しているのですが、ここでもいろいろな現場の意見が聞けました。 HACCP に沿って、 75 度で2分以上も加熱していたら、「うまいローストビーフが出せないよ」と参加された料理長の方はおっしゃっていまいた。それに、お寿司屋は衛生管理上、非常に問題がある店舗となってしまいますが、どうして安全な寿司が提供できるのかということも『衛生管理ハンドブック』で説明しています。歴史や伝統に基づいた衛生管理があることをいいたかったのです。「日本には歴史のある生食文化があるのだから、これを破壊しない形で衛生管理をする必要がある」と中村先生も同意見でしたね。
坂尻 : 寿司は、 ( 酢飯とわさびを使い ) 、熊笹の上に(載せ)おいて 、ガリを横に置いて、最後にお茶を飲む。これはすべて生活の知恵から安全に配慮しているのです。日本は、食文化に根付いた立派な衛生管理がありますね。このガイドブックは、衛生管理マニュアルが整備されていない企業や、これから飲食店を開業しようとしている方達には強力なバイブルになりますね。
加藤 : 他にも、衛生に気を配る細かな配慮をしています。例えば、イラストの中では、食材に応じて、まな板を使い分けることを伝えるために、わざわざ色分けして描いています。
坂尻 : 肉用、野菜用と区別しないと衛生管理上、問題が起こる。本来は、大原則なのですが、現場で実践しているのは、ごく少数と言わざるを得ないですね。
坂尻 : マニュアルやルールを作っても、問題はそれが現場できちんと守られているかどうかのチェック機能が重要ですね。例えば手洗いを全員がルール通り実施しているか、閉店後の調理器具の洗浄やダスターの煮沸等、チェックリストの様なものを活用して、店長ばかりでなく本部でも状況が分かる仕組みが必要です。
加藤 秀雄
1951年、東京生まれ。73年、日本経済新聞社入社。88年春、日経BP社に出向、「日経レストラン」の創刊準備に携わり、88年10月の創刊時から副編集長。91年9月から2000年7月まで9年9カ月間、編集長を務める。
2000年12月、フードサービス業界向けとしては初の本格的ポータルサイト「Foodbiz」を立ち上げ、プロデューサーに就任。2003年1月、ベンチャー・サービス局次長、同年3月1日付で「日経レストラン」と「日経食品マーケット」の発行人に就任。2006年3月、日経BP社を退社。
98年4月から、女子栄養大学非常勤講師を兼務。2005年4月から、大正大学講師も兼務。