前述した通り、“効果が見えない”“金ばかりかかって…”という意見は、単純に「目標値」が無いからに過ぎない。どんなシステム構築にも必ず目標値は設定出来る。いや、しなくてはならない。システムの構築・導入は、目指すべき姿と共に、数値目標は不可欠である。明確な数値目標を掲げるには、現状の「業務フロー」と「意思決定(権限)フロー」が必要となってくる。これも意外と存在しない企業が多い。きちんと目に見える形にしておかないと、仕事のやり方が緩慢になり、判断に甘さが出る。もし企業内にこれらの「フロー図」が無ければ、これを作成する事から始めたい。そうすると、今まで如何に曖昧に業務を遂行していたのかが、手に取るように判明する。
次の段階では、現状の課題分析をし、目指すべき業務フローを作成する。現状のものと目指すべき形との差が、「業務の質」であり、「コスト構造の差」と言う事になる。この様な手順を踏むと、全員が自分の仕事に対しての目標値が明確になり、それに投入するコストも見えてくる。“効果が見えない”のは、効果が出るまでやり続けるという意欲の問題といえる。
目指すべき姿と目標値が明確になれば、投資の判断は容易い。投資基準の考えの中に、「売上の○%」という様な基準を持つやり方もあるが(通常は1%以内)、この設定はシステム開発を抑制するものでもなければ、喚起するものでもない。大切なのは、システムの導入による効果を明確にし、数値目標を掲げる事にある。但し、自社でシステム費用に、どれだけがかかっているかは把握しておきたい。システムの費用とは、「ハード費用」「ソフト開発・運用費用」「回線費用」「システム開発・運用に関わる人件費」「消耗品」等の年間合算額である。
システム構築は通常、システムベンダーと協力して行う事が多い。成功のポイントは、目標設定と投入できるコストを、ベンダーとしっかり共有する事である。自社の経営課題やあるべき目標数値をベンダー側に丸投げしたり、また目標投入コストを無視したような開発は絶対に避けなくてはならない。この関係が崩れてくるとビジネスパートナーとして成り立たなくなってくる。
最後にシステムに関わる要件の進むべき方向性を示す(下図)。
要件として揚げた6項目は、特に外食企業のIT部門(もしくは担当者)に対し、経営者が判断ミスを起こし易い項目を抽出した。ITは特殊技術ではない。外食経営に求められる様々な技術・能力と横並びにあるものである。この部分は、特に経営者や担当本人は充分自覚したい。失敗の根源はこの「勘違い」から起きる。
外食企業のITに携わる部門の最も大切な機能のひとつに「教育」がある。冒頭書いたように、システムの開発/導入は、システム機器を入れる事では無い。そこに「魂」を注入する事である。企業の各機能の中に積極的に飛び込み、「業務改善」を視点として、スタッフ達への運用教育や「道具の使い方」について完全遂行出来るまでの教育/訓練が必須である。
特に店舗オペレーションでの教育については、ベンダー任せにしない事。店舗で日々発生する問題の解決方法や、あらゆる場面での店舗オペレーション対応を踏まえてPOS等の教育をしないと、中々現場に定着しない。操作教育のみであれば誰でも出来るが、それではまったく意味が無い。
ベンダー企業との付き合い方でも「下請」的な考えは捨てたい。これは双方に当てはまる。ユーザー企業側もベンダー企業側もそれぞれ図りし得ないノウハウを持っている。これらをきちんと共有する事からシステム造りが始まる。ベンダー側も決して「お客様の言う通りに」なんて言うスタンスではなく、現状を冷静に見つめ、ユーザー企業と議論し、提案をし続ける姿勢がほしい。これがなければ「ビジネスパートナー」としての役割が生れてこない。
ITは決して「人を楽にさせる技術」ではない。やるべき仕事が明白になり、さらにその「質」が浮き彫りにされてくる。我々が多くの時間を費やしてきた「作業」がITによって簡便になり、数値が見えてきて、かつコミュニケーションが容易になり、判断材料が手元に揃う。そうなると人の「判断力」や「行動力」が勝負となる。
前段で延べた通り、企業にはその成長過程で様々な障壁が待ち構えている。各ステージでの課題を確実にクリアし、お客様に真の楽しさ・豊かさを提供し続けられる「強い企業造り」こそがIT化の目的であり、次代のリーディングカンパニーへの道となる。
その各ステージをクリアさせていくには、今の段階で強固な経営基盤の確立と人材育成に全力を傾けたい。
坂尻 高志
外資系コンピューター会社勤務後、すかいらーく入社。店長~事業部運営スタッフ~本部営業部門を担当した後、情報システム部で、店舗系システムの開発に着手。1995年情報システム部長。以降主にすかいらーく本部の業務システムの開発と、業務改善を実施。1999年独立。外食企業のIT化、経営政策の立案、業態開発、スタッフ教育等に従事。