・・・・すっかり 「ハンバーガーレポート」 になってしまったが、少し感じたことをまとめようと思う。
それにしてもただのハンバーガーレポートと呼ばれたくないので、まとめる前に、夕食で訪れた Tony Roma's と Grand Lux Café の様子を、おまけのように掲載しておく。
「いかがでしたか、FF店舗視察。外食って、すばらしいですね~」と皮肉をいいたくなるような気分の1日。最後は、六本木にもお店がある Tony Roma's にて夕食である。
一行は、The Strip 近辺の駅から適当に、市街を南北に走るモノレールに乗り、ダウンタウンへ。
北へ向かうかっこうだ。
市街地の北端に近い、SAHARA という駅から、バスでダウンタウンへ向かう。ラスベガスらしい風景が展開する。The Strip 近辺より治安はよろしくないらしい。
なにかで?見たことある風景。暮れていく空も乾いていて素敵だ。
われわれが訪れたお店は、ダウンタウンの、とあるカジノの中にあった。
この奥に店舗が入ってます。200 Fremont St Las Vegas, NV 89101, USA
有名な話だとは思うがカジノに訪れる人のプライバシー保護のため、場内での撮影は厳禁である。
ホテル内併設のカジノでは結構撮影できたのだが、ここはダウンタウンなので、いろいろ面倒が起こるのが怖い。
カジノ外観の撮影と、店内で、「こっそり撮る」作戦を決行する。
場内の奥、ほんとに奥に、” Buffet → ” という表示があり、すすむと有るのは、Tony Roma's である。
ウェイティングの列がかなり伸びていたが、順番をリザーブすることができ、なんと場内放送で、呼び出してくれる。
私見だがアメリカの人は長く待つという印象がある。サービスに対する信用の置き方が違うのだろうか。
さて、われわれも予約を入れ、呼び出しに応じて無事入店。
なぜか全員やけになっていたのか、果敢に「Baby Back Ribs」を注文。
・・・もうやけくそである。残してもいいからとにかく詰め込もうとしたが・・・。
・・・・・。
・・・・・。
・・・これが意外とうまい。見かけよりもやわらかく、パクパク食せる。
なんと、完食である。
なんというソースだろうか。メンバーの中には六本木のお店をよく知る方がおられたが、味は全く同じらしい。(食べたことないの!?と、叱られた。) オレンジか、なにか、フルーティーなほんのり甘さを感じさせるソースで、独特の味付けがほどこされている。なんというか脳に訴えかける味である。
満腹のはず(まひしていたか)なのに、わずか10分たらずで「がつがつ」と食してしまった。
味が、完全に記憶に残った。
トニーローマの日本進出は「技術提携」という形である。
アメリカでは 1972年、フロリダでスタートしているが、日本への上陸は 7年後、1979年である。高度成長から嗜好の多様化へ向かう時代に、受け入れられた。
日本では店舗数こそ少ないが、長期にわたり人気を維持しているという。
それほど強烈ではないが、やや「癖になる」味を実現しているせいでもあろう。
しかしながらこのお店では、ようやく「人に向かって」オーダーできる環境と喜んだにもかかわらず、どうもテーブル担当のおばちゃんが要領を得ず、オーダーは間違えるわ料理は待たされるわで、最後は会計のレシートを間違えるしまつで、さらに、「金額が同じだからいいじゃない」 と開きなおられた。
一同満腹で急に人格が優しくなっていたので、これはこれで楽しい光景として映った。
本当に長い一日であった。
ラスベガス最終日、視察グループ一行は、FS/TEC The NAFEM SHOW 2007 視察のため、アトランタへ移動するのだが、またも編集長の「ナイス」な移動計画が発揮され、なんと
24:00 のフライトである。
・・・そこまで印象的な旅にしなくても、と思うのだが。
この最終日の待ち時間を利用して、以前レポートした The Cheesecake Factoryを仕掛けた David Overton 氏のブランド、 Grand Lux Café へ立ち寄ってみた。
内装にこだわる David Overton 氏のメッセージが 明確で、ヨーロッパの格調をこれでもかと盛り込んでいる。確かに使っている家具や高い天井、本物ではないであろうがしっかりと厳選されて壁にかかっている絵画、完璧に設計された照明など、まるでディナーレストランとしての構えである。
しかし、本質的には、高度化した嗜好をもつベビーブーマーへ、「日常化した高級感」を与え続ける装置なのである。
メニューは、若年層に爆発的にヒットした The Cheesecake Factory の上位人気メニュー数点の応用と、年齢層を意識した、かつ万人受けする料理で構成されている。
価格帯は決して高くない。ブログ・バーで編集長も書いていたが、一人あたまだいたい $40 前後である。米国のリタイア世代の平均的所得が $45,000 前後とみられる ( 平均所得 $60,000 の所得代替率を7割強とした試算 ) が、他の生活消費額が減る一方、ファミリーで週に1度は食事ができる程度の価格設定ではなかろうか。
さて、ここでも臆することなく、「肉」を注文。このころともなると、私の体は完全に酸性化していると思われる。
「にゅ、ニューヨークステーキひとつ」視察中最大の勇気を振り絞って注文。
・・・・さすがに後悔した。
しかし、アメリカ食は、基本的に肉類が無難である。・・と思う。( 弱く主張 )
だいたいどの店も平均的な味付けがなされており、肉自体の好み ( 脂身が少なく、歯ごたえ抜群 ) はあるが、想像を大きくたがえることがない。
・・・パスタは、やめといたほうが良いと思う。
と言ってるそばからフキガミさんが「カルボナーラ」を注文。
・・・・The Cheesecake Factory同様、「やはらか仕上げ」である。
最後はとどめに、おなじみ編集長のデザートアタック。「仕事だから!!」と4等分。
料理の質は別として、この、「普通の人に向けた高級感」という概念は、日本でも独自の路線で急展開されてゆくであろうと感じた。
実はこの他にも、バッファローチキンウィングときれいどころで有名な HOOTERS と、おなじく日本の WDI がライセンシーである Hard Rock Café に立ち寄ったのだが、正式行程外で、視察と呼べる情報があつまりにくかったせいもあり、ここでは、掲載を省かせていただくことにした。
こじつけと思われるかもしれないが、表題にしてしまった「砂漠のホスピタリティ」について、まとめというか、つらつらと考えを述べる。
「ホスピタリティ」という言葉は、非常に厄介なものである。
サービス業ではよく耳にするが、またも本当の意味を理解しないで取り組んでいる私である。
「おもてなし」「心づかい」「迎え入れる精神」やらなにやら、なんとなくわかるが、正確に説明してみろよと言われると少し困ってしまう。
ひっくり返すと、本当は日本語の「精神」に関する語彙が豊富すぎるということがあるので、この言葉にこだわるのはいかがなものかと最近は感じるようになった。
レポートを書いている最中にいろいろ調べ物をしてわかったことも多いが、「国際観光都市」というフレーズが、多少わずらわしかった。
ラスベガスは、街自体が奇妙なほど、「ホスピタリティ」に満ちている。
初回の稿で、19世紀中盤の発祥の時代は、ゴールドラッシュにけん引され、駅ができたというくだりを述べたが、やってくるガリンペイロたちに、砂漠の中継地点としてやや控え目に、やすらぎを与えただろう。
ガリンペイロが群がるカリフォルニアの「金」であるが、それらを支えたのはラスベガスの「水」であるといえる。
その後、1930年代に入り、ダム建設 ( 行けなかったが、フーバーダム。 ) によって流入してきた大量の労働者も、「受け入れて」いる。
1930年代といえば、世界恐慌の真っただ中である。
アメリカの失業率は 20% を超える状態で、おそらくアメリカ全体は、暗かったはずである。
唯一わたしが「ああ」と気分を理解したのが、ジャックニコルソンが探偵に扮する映画で、確かに暗い映画だったなあと突然思い出した。アメリカ西部が舞台で、ダム建設にかかわる疑惑、もからんだ脚本だったような気もするが、フーバーダムがモデルかどうかは、わからない。
あきらかに労働者をマーケットして、カジノという猥雑な雰囲気が生まれ、歓楽が栄え、フードサービスもそこに立脚したと思われる。
カジノの合法化というのも、当時のアメリカの景気が影響しているだろう。
生活の暗さの中に「希望」として、おそらくは楽ではない労働 ( 雇用 ) があった。
Maryland Parkway の学生街で、店舗視察を行いながら、ハンバーガーに代表されるクィックな食べ物が、この街に「必要」だったのではないかと述べた。
奇しくも時代を通り過ぎてこの街に進出した FFチェーンを食べ歩き、なんだか苦役をこなしているような気分に達して、くたくたになった労働者が立ち寄るハンバーガースタンドを想像したのである。
最も暗い時代にここにも、希望と、ホスピタリティが「生まれた」と思う。
もちろん、「産業」となった現代の姿とは、まったく違う姿だったと思うが。
ホテルラッシュ時代から増加する膨大な観光客、ベビーブーマーのリタイアと、想像を絶する投資マネー。現在に至るまでラスベガスは、すべてを受け入れる装置として機能し、いまも成長をやめない。
しかし、都市の殷賑と反して、どこかこの街には、アメリカの西部に、「ひっそりと」たたずんでいるような印象を覚えるのは、私だけではないはずだ。
以上で、ラスベガス店舗視察レポートは終了である。
店舗視察の合間、都市全体がテーマになったりして、本来不要な歴史の解説や所見が多く入りがちだったことが反省点である。
ある仮設を元に、レポートを組み立てたかったが、思うようにテクニカルな文章にはならなかった。
取材稿については、相変わらず論説主幹、編集長の手を煩わせて校閲を仰いだ。
稚拙な文章に、多忙中にもかかわらず、丁寧に全文に眼を通していただいたことをありがたく思う。
ところで、「ホスピタリティとは何か」と意地悪な上司に聞かれて困ったら、ぜひ一度ラスベガスに連れてきて、いっしょにとことん楽しんでみたらいかがだろうか。
福本 龍太郎
国内コンピュータ販社にて流通小売業界向けSI事業部門を担当し、外食店舗店舗システムにも関わる。
現在は有限会社ノーデックス代表取締役。
ネットビジネス黎明期より各種サービスプロバイダを経験し、業務システムへのネット技術の応用・普及につとめる。
有限会社ノーデックス 代表取締役
福本龍太郎の速報!FS/TEC・The NAFEM SHOW2007