地元の食材である「箱根西麓三島野菜」をふんだんに使った三島フレンチを提唱する「ハートフルダイニング おんふらんす」。おいしいフランス料理を、気軽に、安心して、食べられることもあって、地域の方々に、絶大な人気を誇ります。
オーナーシェフである田中さんは、お店を構えた当初、珍しい食材を輸入し、東京やパリにも負けないフランス料理の店舗を目指しました。しかし、1年が経った頃、お客さんから「味は良いが、三島は東京から40分。フランス料理は東京で食べるよ」といわれ、コンセプトの転換を決断します。どのようにして地元の方に愛される名店となったのでしょうか。オーナーシェフの田中さんに、経緯や具体的な取組みについて伺いました。
ざっくり言うと・・・
ハートフルダイニングおんふらんすは、2006年設立。当初、食材を輸入し、三島の人が食べたことのないフランス料理を伝えようと意気込んでいたが、地元のお客さんの一言で、地元の方が来たいと思えるお店作りを目指す。
まずは、異業種の集まりやまちづくり、地元農家の手伝いにも積極的に参加。地域のネットワークを拡充するとともに、お客様のファン化、地産地消のお店というブランド化を実現。
さらに、質・サービスのクオリティが高いお店づくりを進め、ファンのリピート化、ファンの拡大を実現。同時に、従業員の自発性を育む活動も実施。
その結果、地元の食材をふんだんに使ったおいしいフランス料理を、気軽に、安心して食べられることもあって、地域の方々に、絶大な人気を誇る。
ファンづくりの経緯
地方都市で本格的なフランス料理を始めるも、わずか1年で壁に直面
料理人としてのキャリアを積んだ38歳の時、"フランスの食文化を故郷の三島で伝えたい”という想いから、独立し、店を構えました。しかし、1年経った頃、地元のお客様から「確かに味は良いけど、三島は東京まで40分。本格フレンチは東京で食べるよ」と言われました。観光客も旅先の地元店を楽しみにします。わざわざ三島でフランス料理店を訪れることはありません。そこで、一念発起し、三島らしいお店作りに変えようと考え、様々な活動を始めました。
レストランとは直接関係のない活動がファンを生み出すきっかけに
当時、会計士の方から「もっと外に出て、いろんなことを学び、ネットワークを作ってはどうか」というアドバイスを頂きました。独立したからには、シェフだけでなく、経営者という一面もあります。異業種の集まりや地元のまちづくりに積極的に関わりました。
また、地元の小規模農家は人手不足であり、多くの野菜が収穫できずに廃棄されているという現状を知りました。従業員やお客様と一緒に畑に行き、農家のお手伝いをしました。畑で農作業し、お昼には、私が準備したお弁当をみんなで食べます。畑で美味しいお弁当に舌鼓を打つ。これだけでお客様はさらにお店のファンになってくれます。また、畑で収穫した野菜やそれを使った料理をブログにアップすると、徐々に、“地産地消のお店”という認知度も高まってきました。
この活動は2年ほど実施しました。本業の傍らということもあり、苦労したことも多々ありましたが、お客様との関係はより深いものになりました。また、さほどお金をかけることもなく、メディアへの露出も高まりました。次のファンになってくださる方とも新たに繋がることができました。その他、従業員とのコミュニケーションもスムーズになるなどの効果もありましたね。
フランス料理なのにシェフが常に不在のお店・・・コンセプトづくりの必要性
すぐにうまくいった訳ではありません。当時は、カジュアルフレンチというコンセプトで、60席のお店を運営していました。60席を埋めることは決して容易ではありません。日によっては20席しか埋まらないことも多々ありました。そのため、当時は結婚式も盛んでしたので、二次会を多く取っていました。でも、フランス料理を提供するお店であるにも関わらず、アルコールが中心となり、二次会ということもあり、店内も荒れていました。正直、我慢しながらやっていましたね。
まちづくりの活動も行っていましたので、不在にすることも多く、コース料理を食べに来たお客様から「この店はシェフがいない」と言われたこともありました。料理を作りたいのにできないことに葛藤し、悔しさもありました。
新天地への移転を契機に、新しいコンセプト作りに着手
先程のカジュアルフレンチをコンセプトとしたお店が、10年の契約満了を迎えたタイミングで、 今のお店に移転しました。2年前のことです。移転により、席数は60席から20席となりました。席数が減ったため、これまでとは異なるコンセプトにする必要がありました。まず、20席に減ったことを活かし、料理、接客の質を高めました。席数が減っても、客単価を3,000円から6,480円に上げたことで、売上も上がりました。さらに、今年からは隣接するホテルの朝食事業も始まり、売上は昨年比160%の見込みです。
正直、悪い反応があるかもしれないとも思いました。でも、お客様は、料理の質とサービス、値段のバランスを考え、納得してくださっています。リピートも増え、本当のファンになってくださったと思います。8、9割は地元のお客様ですが、最近では、東京や名古屋からもお客様がいらっしゃるようになりました。また、接客も細かい点まで行き届くようになりました。カジュアルフレンチの頃は、満席になると対応の遅れが目立ちました。値段が安いから勘弁してほしいという逃げがあったのかもしれません。今では料理とサービスの両方を良いクオリティにしていくことに注力しています。
従業員を育てる環境づくりにも新たに着手
現在、従業員はアルバイトも含めて19名、全員が良いお店にするためにアイデアを出します。自分自身がそうであったように、1人1人の経験値を高めていくことが大切です。例えば、イベントを行う際、アイデアの発案者には必ず実行してもらいます。イベントは最長3日ですので、たとえ失敗しても、1ヶ月の売上に大差はありません。ただ、イベントのレビューは全員で行います。このような経験が、従業員の自発性を育み、売上やお客様の満足度向上に繋がります。実際、離職率も低く、多くは勤続7,8年の従業員なんです。
関係人口を増やすことがファンづくりの第一歩
街なかを歩き、何人と挨拶ができるか、それはひとつの目安かもしれません。地域は保守的な面があり、最初は友達が来店者となり、お店のファンになってくれます。そして、ファンが応援団の役割を担い、口コミでいろんな人にお店のことを伝えてくれます。知っている人から伝えられる情報は信頼性が高く、大切なものとなります。そして、その人たちが何度も足を運びたくなる、そんなコンセプトのお店はずっと愛されるでしょうね。
コンセプトを作り、試行錯誤しながら実践し、そして、ファンを作ることの必要性を理解できるケースでした。理想と現実の狭間に葛藤しつつも、活動量を高めることによって、三島フレンチというブランドを確立してきたといえます。将来はカウンター5席のお店を目指すという田中さん。今後の活動にも注目が集まりそうです。
ハートフルダイニングおんふらんす
https://www.mishima-french.com/
所在地 〒411-0036 静岡県三島市一番町11-4 ホテル昭明館2F
電話 055-991-5670
創業 2006年
事業内容 フレンチ
従業員数 19名(アルバイト含む)
オーナーシェフ 田中季次さん
1967年生まれ。三島市生まれ。1986年「東京赤坂 カフェドニース」にて修行を始める。その後、静岡に戻り「沼津 淡島ホテル」メインダイニング副料理長をはじめ、県内のレストラン、ホテルで料理長を務める。2006年「ハートフルダイニングおんふらんす」を開業。2010年「ふじのくに食の都づくり仕事人」を受賞。