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創刊1周年記念特集 よみがえれ外食産業!誰も言わない外食産業の問題点を語る ~業界の活性化には力を持った“人”を育てることが急務~

創刊1周年記念特集 よみがえれ外食産業!誰も言わない外食産業の問題点を語る 業界の活性化には力を持った人を育てることが急務 松尾本気塾 塾長 松尾満治氏 外食ドットビズ

松尾満治 登場!『夢の3者対談セミナー』開催
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外食ドットビズの創刊1周年記念と致しまして、「ステーキ&カレー ふらんす亭」の創業者である松尾満治氏にご登場いただきます。松尾氏は、1978年(昭和53年)に東京・下北沢で起業し、その後30年間にわたり外食業界の最前線で活躍されました。その経験をもとに、現在の業界にある問題点を指摘していただくとともに、活性化へのヒントについてお話をいただきました。
また、今年の6月から外食独立希望者と現役店長向けにこれまでになかった実践的な塾 (2講座×10日)を開く予定で、現在受講希望者を受付ています。『松尾本気塾』の詳しい内容はこちら

第2回 人が求めているものを探して提供することが基本

第2回 人が求めているものを探して提供することが基本

修業から3年経った26歳の時、1976年に多くの方の応援で東京・下北沢の地下に10坪のカレー屋『ふらんす亭』をオープンしました。店名は、佐世保のお店からいただいたものですが、立派過ぎる名前です。最初の4年間は全然だめでしたね。カレーの味には自信があったのですが、それまで手鍋で作っていたものを寸胴で200人分作ってみると、粉を焼き過ぎたようでまずかったんです。結局うまくいかず、開店2時間前に5日間のオープン延期を決定しました。そんな状態でスタートして、初日の売上は7000円、その後も2~3万円程度でしたね。

松尾本気塾 塾長 松尾満治氏いけるかなと思ったのは、新メニューとしてステーキを出した時から。カレーのビーフが少しでも多いと、お客様が大喜びするわけです。下北沢の若い人は、そんなに肉の塊が食べたいのかと気付いて、だったら、思いきり食べていただこうじゃないかと「下北ステーキ」を売り出したんです。初めてのマーケットインということでしょうね。あっという間に売上は 15 万円を超え、月間売上も180万円位から450万円になり、半年後には550万円まで達しました。お客様の気持ち、お客様が望んでいるものを探し当てて、それをどこよりも値打ちのある状態で提供すれば、立地や内外装に関係なくどんどん天井を突き破っていくわけです。

さらに売上増を狙って、夜中の厨房を利用して瓶詰めのステーキソースを作り、一般に売り出しました。私もマネキンとして、月20日位はデモンストレーション販売をやっていて、肉とセットで一日230万円売ったこともあります。買い物をしている主婦の方たちが一番探しているのは、今日の献立のアイデアであり、その作り方を求めているんです。だから私は売るということより献立の提案と作り方の指導という立場を取りながら肉とソースを販売していました。お客さんが欲しがっていることのツボを押すことがすべての基本なのです。これは、いまのレストラン、食品メーカーにも言いたいところ。自分の価値観を押し付けるように売るという前提の人が多いんです。相手が何を欲しがっているのかは時代によって変わっていきますから、そこを敏感に読み取りながら、押し付けるのではなく、相手が欲しがっているものを提供してさしあげれば、それは絶対に売れるはずですよ。

松尾本気塾 塾長 松尾満治氏他に私が売れるものとして考えたのが、“ 繁盛のノウハウ ” です。店が流行ってくると秘訣を教えてくれという同業者や取材が来るんですよ。知りたがっている人がいっぱいいるなら、フランクに教えてあげる商売があってもいいかなと思って、「繁盛の秘訣伝授します」とマジックで書いて壁に貼りました。イタリアンハンバーグ700円と書いてある横に3万円と書いてある裏メニューがあって、真似したい料理があったらどうぞというもの。不振に苦しむ飲食店の方達の起爆剤にしてほしかった。その 1 号店となったのが、渋谷区笹塚の『ヒーロー』。これも10坪のお店ですが、立地条件が良く、私が月400万円を目標にしていた頃に980万円まで達していましたね。それをきっかけに、株式会社ふらんす亭(現・株式会社フードデザイン)としてFCチェーンとなりました。私が外食を志してから丁度30年目の昨年8月、私が社長を辞任する時には、新業態も合わせて直営75店舗、FC100店舗の規模になっていました。

ラーメン屋、居酒屋、イタリアンなど新業態の開発は BSE がきっかけになっています。あの時は、牛肉を扱っているだけで業態として成立たないんじゃないかという風潮があ りました。資本の小さい加盟店の方は1ヶ月不振が続くだけで、アウトになってしまう可能性があるわけです。私たちは、『ふらんす亭』を紹介しているのではなく、加盟店の方々の生活を潤す手段を紹介しているわけですから、それが役に立たなくなったとすれば、代わるべきものを一日も早く提供する義務があるわけです。言い換えれば、加盟店の方が私たちに求めているのは、自分の生活・人生を賭けるに相応しいものということです。店舗によって立地条件は異なりますから、いろいろな業態を用意したのです。本部を単なる商業ベースではなく、より加盟店に役立つようにピュアに運営するには、何といっても資金力が必要なのです。それがないとどうしてもガツガツしていかなくてはいけなくなります。従って、FCの出店ペースの早さも含めて、これは自分の資本調達力を超えていましたから、もっと資金を潤沢に持っていて『ふらんす亭』の思いを大切にできる会社が経営すべきと譲渡したのです。ただ、佐世保で修業している時も、下北沢で苦しんでいる時もうまくいった時も、チェーン化を進めた時も、自分のマインドは同じで、「自分のやれること、知っていることを使って、人に喜んでもらえないか、役に立ててもらえないか」ということです。これが私の基本であり、飲食業をするには欠かせないことだと思っています。



松尾 満治

松尾 満治

九州・佐世保の高級レストラン「ふらんす亭」にて 1年間見習いを経験した後、26歳のときに東京・下北沢のビル地下1階に10坪の「ふらんす亭」を創業。20年後の平成12年にフランチャイズ化して、「ふらんす亭」の他に居酒屋、イタリアン、ラーメン、カフェなどの業態で直営店75店舗・FC100店舗を展開(2006年8月時点)。外食に従事して30年を期に「ふらんす亭」を譲渡、外食で夢を追う人を対象とした「松尾本気塾」を今年6月から開催する。また、「ふらんす亭」を運営する株式会社フードデザインの顧問として、社員研修に携わっている。

◎松尾本気塾 準備室 03-5378-2480

※松尾氏には、4時間にも及ぶロングインタビューにご対応いただき、起業を志した少年時代、修業時代、1号店の初期など数多くの貴重なお話もいただきました。その内容は、後日、起業のすゝめの中で、改めて紹介をさせていただく予定です。

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