外食ドットビズ2周年記念特集の一環として、飲食業の労務管理に関わる問題を株式会社リーガル・リテラシーの黒部社長のインタビュー記事として掲載させていただいた。飲食に携わる、特に経営者の方にとっては、関心の高い問題のようで多くの反響を頂戴した。
巷でも、年金問題、後期高齢者医療制度(長寿医療制度)など社会保険にかかわる話題に事欠かない。そこで、外食ドットビズでは、再度黒部社長のご協力のもと飲食業における社会保険について講義形式で掲載させていただく。
【黒部社長】 今回は、労災が適用される場合と適用されない場合を具体的な事例で説明していきましょう。
厨房内で起こりうる事例ですけれど、厨房内って水や油などで床が滑りやすくなっていますよね。例えば、調理中のAさんが、“自分の不注意”で水に濡れた床に足を滑らせ、転んで手首の骨を折ってしまいました。この場合には労災が適用されるでしょうか。
【前城】 いきなり簡単な質問ですね。自分の不注意による事故ということは、要するに自動車で言えば自損事故ですよね。そうなると労災は適用されません!自信満々
【黒部社長】 自信満々で答えてもらいましたけれど、実はこの場合、労災は適用されるのですよ。床が水や油でつるつるした状態で滑って転ぶというのは、“ 施設的な欠陥 ” による事故とみなされるのです。“ 施設的な欠陥 ” での事故による怪我は、労災の適用となります。
この他にも、例えば、床上に野菜の入った段ボール箱が置いてあって、それにつまずいて、転んで怪我をした場合。普通なら、「お前、ドジだな」となりますよね。でも「お前、ドジだな」と言うレベルの事でも労災が適用されるのです。
転ぶ可能性のある状態になっているという事業所上の問題ということになるのです。衛生管理の観点からだけではなく、事故防止の観点からも厨房内は綺麗に整理整頓しておいて下さい(笑)。
【前城】 黒部先生の問題に答えると本当に自信がなくなりますよね。
【坂尻】 単なる勉強不足なだけだと思うけどな。
【前城】 私だけじゃなくて、ほとんどの店長がわからないことだと思うけどな・・・
【黒部社長】 まあまあ。お二人じゃなく、このサイトをご覧になっている方が分かっていただければいいのですから(苦笑)。では、簡単な問題を一つ。簡単な問題ですよ、前城さん。
ホール係のBさんは、接客中に「お前の態度が気に食わない」とお客さんに殴られて怪我をしてしまいました。この場合には、労災は適用されるでしょうか。
【前城】 本当に簡単な問題なのですよね?それならば、労災が適用されます。
【黒部社長】 正解です(笑)。理由は後ほど。
では次の問題です。同じくホール係のC子さんは、お店のお客さんD男にストーキングされて、“ 自宅の近く ” で襲われて、怪我をしてしまいました。この場合には、労災は適用されるでしょうか。
【前城】 じゃあ・・・、労災は適用されます!
【坂尻】 「じゃあ」の一言が気になるけれど。どうせ女性の立場から労災にして欲しいとか、そんなレベルで答えたんだろうけどね。
【前城】 ・・・。こ、これからは、坂尻さんの事を “ 良い生徒 ” じゃなく ” 意地悪な生徒 “ と呼びますよ!
【坂尻】 ・・・
【黒部社長】 (苦笑)前城さんの言う通り、この場合は、労災の適用事例となる可能性はあります。業務中でもなく、ましてや店舗内でもないのに何故そうなるのか説明をしましょう。
C子さんは、ホール係なので、業務中に接客をしなければいけません。接客をする事により、D男に出会って、見初められて、ストーカー行為までエスカレートしてしまったのです。つまり接客という業務にかかわる行為から発生した事故であるので、例えそれが業務外に、しかも店外で起った事故でも、この場合は事件ですけれど、労災が適用される事になるのです。これを “業務遂行性” といいます。業務を遂行している最中や業務を遂行した事が原因で発生した病気や怪我の場合ですね。ただし、ストーカーの場合は 「 業務起因性 」 がないと判断される可能性がとても高いのです。D男によるC子さんへの一方的な恋愛感情、そして、恋愛感情のもつれであり、仮にX子さんであれば、D男はストーカーをしなかった、となれば、D男のC子さんそのものの一方的な求愛活動への拒絶が原因となるからです。坂尻さんをまねして “意地悪な講師” をしてみました。恋愛が絡むと難しい、ですね。
なお、ホール係のBさんの事例は業務の遂行が原因なっていますので労災が適用されることになるのです。
業務遂行性・業務起因性というのは労災認定の大きな事由の一つですので、是非覚えておいて下さい。
【坂尻】 という事は、例えば仕事中に食あたりで腹痛を起こして病院に行った場合は、いくら店内で腹痛を起こしたといっても労災は適用されないのですね。
【黒部社長】 そうですね。例えば前夜に自宅で食べた夕食が原因で腹痛を起こした場合には、労災では無く、健康保険の対象となります。しかし、前夜にお店で食べた賄い食が原因で腹痛を起こした場合には、労災の対象となります。これを “ 業務起因性 ” といいます。つまり、業務をきっかけに発生した病気や怪我の場合です。
業務起因性で一番わかりやすい例は、過労死ですよね。業務がきっかけになって身体的や精神的に支障をきたして心筋梗塞になったりした場合、例え職場では無く、自宅で倒れてしまったとしても労災の対象となりますよね。
逆に業務に関係ない事由、例えば個人的な問題で飲みすぎて、倒れてしまったのがたまたま職場だったとしてもそれは労災の対象とはならないのです。
【前城】 労災って本当に奥深いですね
【黒部社長】 労災の問題は、身近な問題ですので、経営者や本部スタッフの方だけでは無く、現場の長である店長には是非身に付けていただきたい知識の一つですよね。
-本日の講義のポイント-
◎ 店長は“施設的欠陥”を起こさないように店内の整理整頓をおこなうこと!
黒部 得善
株式会社リーガル・リテラシー
代表取締役社長
1974年 愛知県名古屋市生まれ。
1997年 明治学院大学法学部法律学科卒。
同年社会保険労務士試験に合格。
港区橋本定人事務所、目黒区志村幸彦事務所、渋谷区大野実事務所にて会社が抱える多くの労務問題を経験、一旦社労士業界を離れ、(株)日立国際ビジネスにてERPコンサルタントに従事。
黒部労務リスクマネジメントオフィスを経て、現(株)リーガル・リテラシー主宰。
趣味は、フライフィッシング・動物の飼育。
株式会社リーガル・リテラシー 沿革
2002年9月 東京都社会保険労務士会会員 黒部労務リスクマネジメントオフィス設立
同年12月 渋谷区神宮前に株式会社リーガル・リテラシー設立
2003年4月 本社を渋谷区円山町に移転
同年10月 社会保険労務士法人リーガル・リテラシー設立
2005年11月 2,850万円に増資
文: 齋藤栄紀