外食産業の活性化には、「商品の低価格化」「食材原価、人件費のコストダウン」など数々の解決策が存在する。外食ドットビズでは、外食店のレゾン・デートル(存在理由)は何か? 内食・中食との差別化要因は何か?といった根源的な課題も重視しており、その解決策を考える上でのキーワードのひとつに”ホスピタリティ”があるのではないかと考えている。
ホスピタリティは、一般的に「おもてなし」「歓待」「心のこもったサービス」と解釈される場合が多いが、実態が見えないものという印象があることも事実である。今回は、外食店舗へ行きたくなるサービスとはどういうものかという初歩的な問題から、外食産業におけるホスピタリティについて議論してみたい。参加者は、フードジャーナリストの加藤秀雄氏、フードアナリストの堀田宗徳氏、外食チェーン OBの湯澤一比古氏、外食ドットビズ論説主幹の坂尻高志氏の4人。いずれも外食のプロというべき面々であるが、今回は利用者としての観点も交えながら、外食産業におけるホスピタリティへの課題を提言したいと思う。司会は、株式会社フォアサイト代表取締役・酒美保夫。
【酒美氏】 外食産業が成立していく段階では、もともと日本の飲食店で行われていたサービスを底上げして、ガイドラインを示しました。そのことに価値がありましたが、ホスピタリティへとは発展しなかったのでしょうか。
【坂尻氏】 標準を決めたという意義はあったかもしれないですが、最初はファミリーレストラン(FR)も感動ビジネスだったはずで、だからあれだけのお客さんが来たのです。
しかし、感動を与えようという気持ちを全員が持てるわけではありません。ホスピタリティ精神がもともと高い人もいれば、良いか悪いかは別にして、ビジネスライクに働く人もいるわけです。
チェーンレストランのサービスマニュアルというのは、本来「ここまでやっておけばクレームにならない」「お客さんは感動はしないかもしれないが苦情にもならない」という、最低限の基準を定義したもので、決して「これ以上はするな!」という性格のものではありません。ですからマニュアルを超えたところに感動があったり、マニュアルに表現できないちょっとした気遣いというものがあるのです。それを如何に引き出すかが、企業力なのでしょうね。
【加藤氏】 あるFRチェーンの事例ですが、すごく寒い日におばあさんが雨に濡れて来店された際、パートの女性が足を暖めるためのお湯を入れた洗面器とタオルを出したそうです。後に、そのおばあさんから礼状が来たという顛末を社内報に載せたら、「どのスタッフも共通してできないことを容認すべきではない。チェーンレストランである以上は、すべてのスタッフが同じレベルのサービスをすべき」という外部からの指摘があり、FR側と議論になったことがあります。
【坂尻氏】 「すべてのスタッフが同じレベルのサービスをすべき」という考え方はおかしいですね。さっきも言ったように、マニュアルというのは、守らなければいけない最低基準であって、もし全員が同じレベルのサービスを提供しなければならない、としたら最低のレベルに合わせると言う事になり、そのチェーンは崩壊します。但し、やってはいけない事は明確にすべきですが。
【加藤氏】 マニュアルは下のラインを決めるものであり、プラスαによって感動を与えるという考え方ですね。
【堀田氏】 今は個人店の時代だと思います。あのオヤジが好きだから飲みに行こう、食べに行こうという感覚ですね。何故かというと、店側が自分を知ってくれているということに、消費者側が価値を見いだしているからです。私は、同じ店に通って、「いつ店側がそれに気付くか」を試す定点観測をよくやります。1週間1回のペースで通っても、1ヶ月4回では分かってもらえないです。1ヶ月を過ぎた頃から、「いらっしゃいませ」から「毎度どうも」に変わり始めるケースが多いですね。2~3ヶ月経っても変わらないようでは、ダメな店と思います。
【湯澤氏】 外食をする時は、せっかく行くんだからより楽しく過ごしたいので、従業員とも親しくしようと考えますよね。そういう客側の意向もホスピタリティに関連がありそうな気がします。
【堀田氏】 そういった親しみやすさを出すことも、従業員のホスピタリティだと思います。
【湯澤氏】 従業員との間にある壁を取り払うために、こっちもいろいろと作戦を練るわけですよ…。
【堀田氏】 それは単なる口説きじゃないですか(笑)。ただ、お客さんにとって心地よいサービスというのは、おせっかいと紙一重でもありますよね。どこかで寸止めが必要ですが、そのラインは最終的にその人の人間性によるだろうと思います。ヤケ酒を飲んでいるお客さんに、どこまで入り込んでサービスするかという線引きも大変です。一方で、頭からビールをかけてしまっても笑ってくれる湯澤さんのような客もいるわけですから(笑)。それがホスピタリティの難しさだと思います。
【酒美氏】 海外は、サービスに対してチップでお金を払うという感覚がありますよね。プラスアルファのサービスがチップという感覚は、ホスピタリティを考えると合理的な仕組みのような気がします。
【堀田氏】 それが自分への評価という考えがありますから、一所懸命に尽くそうとするわけです。ホスピタリティは、いろいろな面があるが、トータル的に見ると「おもてなし」の形になるのかなと思います。私は、いつも帰り際に「おいしかったよ、また来るね」と言います。社交辞令の場合もありますが、声をかけることで店舗側のマインドも高くなるだろうし、やりがいになってくれればいいなと思います。
坂尻 高志(写真前段左)
外資系コンピューター会社勤務後、すかいらーく入社。店長、事業部運営スタッフ、本部営業部門を担当した後、情報システム部で、店舗系システムの開発に着手。 1995年情報システム部長。以降主にすかいらーく本部の業務システムの開発と、業務改善を実施。1999年独立。外食企業のIT化、経営政策の立案、業態開発、スタッフ教育等に従事。
加藤 秀雄(写真前段中央)
1951年東京生まれ。73年に日本経済新聞社入社。88年春、日経BP社に出向、「日経レストラン」の創刊準備に携わり、同年10月の創刊時から副編集長職に。
91年9月から2000年7月まで、9年9カ月にわたり編集長を務める。2000年12月にフードサービス業界向けとしては初の本格的ポータルサイト「Foodbiz」を立ち上げ、プロデューサーに就任。03年1月、ベンチャー・サービス局次長、同3月付で「日経レストラン」と「日経食品マーケット」の発行人に就任する。06年3月、日経BP社を退社。98年4月からは女子栄養大学非常勤講師を兼務(08年3月まで)。05年4月から大正大学、東京栄養食料専門学校非常勤講師。
堀田 宗徳(写真前段右)
1957年生まれ。大学卒業後、広告代理店を経て、1989年に農林水産省所管の財団法人外食産業総合調査研究センターの研究員として入社。99年、主任研究員となる。05年から関東学院大学人間環境学部、尚絅学院大学総合人間科学部、07年から宮城大学食産業学部、仙台白百合女子大学で非常勤講師(フードサース論、フードビジネス論、フードサービス産業概論、フードサービス事業運営論、食品企業組織論など担当)も務める。09年から宮城大学食産業学部フードビジネス学科准教授に就任。
専門領域は、個別外食・中食企業の経営戦略分析、個別外食・中食企業の財務分析、外食・中食産業のセミマクロ的動向分析、外食産業市場規模の推計、中食商品市場規模の推計、外食・中食等に関する統計整備など。主な著作は、フードシステム全集第7巻「外食産業の担い手育成に関する制度・施策」(共著、日本フードシステム学会刊)、「明日をめざす日本農業」(共著、幸書房)、「外食産業の動向」、「外食企業の経営指標」(いずれも外食総研刊「季刊 外食産業研究」)など著作多数。
湯澤 一比古(写真後段左)
1953年東京生まれ。外食企業客席係を経て、システム担当となる。2007年9月まで同社でシステム室長を務める。
株式会社廣告社ぶれいん 取締役 企画営業部長
出井商事株式会社 経営企画室 室長
miniSeminar(リテールビジネスのIT研究会) 発起人メンバー
NPO法人地域自立ソフトウェア連携機構 理事
オープンソースソフトウェア協会 事務局
Linixコンソーシアム 業務アプリケーション部会
主な著作は、「オープンソースじゃなきゃ駄目」
酒美 保夫(写真後段右)
外食産業向けシステム大手のセイコーインスツルメンツ株式会社に勤務して25年、業界初のオーダリングシステムをプロジェクトリーダとして立ち上げ、外食産業御三家をはじめ多くの店舗に採用され、業界認知を受ける。また、事業部長として常にビジネスを牽引し続けてきた。2003年12月、新たな外食産業へのソリューションを追求すべく、株式会社フォアサイトを設立する。