坂尻 : 私は、理想を追求すべき取り組みだと思います。あくまで理想論で、現実にはこの程度でいいかなという考え方は、こと衛生問題に関してはタブーだと思います。
加藤 : いい料理を出すところは、厨房がとてもきれいですね。ラーメン屋は厨房が汚い店のほうがうまい、という人もいますが、絶対に違うと思います。厨房がぴかぴかのラーメン屋の方が美味しいはずです。驚いたのは、志摩観光ホテルの厨房です。高橋忠之さんが調理長のころですが、何十年と使ったはずのステンレスがピカピカに光っていました。その方が安全だし、安心だし、美味しいとつながっていくものだと思います。
加藤 : 調理長、店長、オーナー、上に立つ人の意識だと思います。
坂尻 : 店長クラスの人達の食中毒に対する認識は、残念ながら甘いですね。上の人たちの認識が上がっても、やはり現場でどうなっているかが問題でしょう。チェーン店ならば、スーパーバイザー、エリアマネージャー、本部のスタッフが、店に行った時に、商品やサービスだけじゃなく、冷蔵庫のなかの状態や厨房内の状況も見るべきです。そして、問題があったらその場で指摘するべきです。では、明日は気を付けてというレベルの話ではないのです。ある店舗で問題が発生したら、これは全店で起こっていると判断して、行動を起こすという素早さが強い企業の条件ですね。衛生管理の作業は、簡単には実践されないものです。あってはならないことですが、店の人というのは「余計な作業」と思うフシがあるのです。一刻も早く料理提供したいとか、素早いサービスをしたいという意識によって、それ以外の作業は後回しという価値観ですね。
加藤 : 現場の方々のいろいろな意見のなかに、“小さな事故が起きるのが一番イイ”というのがありました。ちょっと不謹慎な発言だと思いますが、経営陣の意識は変わりますし、現場も引き締まるらしいです。業務停止命令が出て、 3 日間ひたすら厨房を掃除したのは、とても惨めな気持ちだったそうです。
坂尻 : 私のいた企業は、定期的に専門の巡回員が店舗の抜き打ち検査をしていましたが、この時の点数は評価に連動します。こういう制度作りも大切ですね。また、この検査では従業員の手荒れの検査も実施していましたが、意外と手荒れから発生する要因も多いですね。
加藤 : 手荒れがヒドイ人の手にどれくらいバクテリアがあるかという写真も『衛生管理ハンドブック』に載っていますが、それは本の制作に参加した居酒屋チェーン店が提供してくれました。きちんとやられているのですね。他には、ホテルチェーンが HACCP 認証施設を取っていたことも驚きました。 大 ( 規模調理施設 ) チェーンで取得しているのは珍しいのです。先程、衛生管理に力を入れても稼げないといいましたが、逆に認証施設だからこそ、安全・安心なホテルというブランドになって、旅行業者が指定してくれるようになったらしいです。作業自体は稼ぎませんが、その結果が販促につながって稼ぐことができるのですね。大きな厨房では、一斉に衛生管理に取り組むのではなく、一ヶ所から手を付け 、次々と広げていくのが一番早いとおっしゃっていました。
坂尻 : 例えば、セントラルキッチンを持っているようなチェーンで、そこから広がったとしたら全店営業停止になるでしょうね。少なくとも問題を出した店舗は保健所の許可が下りるまで停止です。それよりも、そういった事件がマスコミに取り上げられたら、お客さまが行かなくなって、営業的に大打撃を受けることになります。これは、企業の存続に関わってきます。お客さまの命が掛かっているという意識で、企業として取り組めるかどうかです。
調理、サービス、掃除のマニュアルは企業ごと、店舗ごとに異なりますが、衛生管理の分野は統一できるものですからね。外食産業共通のマニュアルがあってもいいかもしれません。その点からも『衛生管理ハンドブック』はお勧めできますよ。
加藤 秀雄
1951年、東京生まれ。73年、日本経済新聞社入社。88年春、日経BP社に出向、「日経レストラン」の創刊準備に携わり、88年10月の創刊時から副編集長。91年9月から2000年7月まで9年9カ月間、編集長を務める。
2000年12月、フードサービス業界向けとしては初の本格的ポータルサイト「Foodbiz」を立ち上げ、プロデューサーに就任。2003年1月、ベンチャー・サービス局次長、同年3月1日付で「日経レストラン」と「日経食品マーケット」の発行人に就任。2006年3月、日経BP社を退社。
98年4月から、女子栄養大学非常勤講師を兼務。2005年4月から、大正大学講師も兼務。