外食店舗がめざすべき衛生管理 ~HACCPと日本の食文化から導く理想像~

外食店舗がめざすべき衛生管理 HACCPと日本の食文化から導く理想像

夏から秋にかけて、飲食店で気を付けなければならないのが食中毒です。各店舗でルールをつくり、気を付けるべき問題ですが、現実的にはどのような衛生管理をすればよいのでしょうか。近年話題の手法「HACCP」と日本独自の食文化を守る観点から、外食店舗における日本での衛生管理の理想像を考えてみます。

第5回 日本の伝統から導く理想の衛生管理

日本型の衛生管理手法を考えるには、日本独自の伝統的食文化を無視することはできません。日本には、食べ物を生で食べる伝統があります。生食ができない場合は、塩漬けにしたり、酢で〆たり、干物にしたりといった知恵を働かせてきました。さらには、生で食べるために、抗菌作用のあるものを組み合わせるという知恵を働かせて来ました。“おばあちゃんの知恵袋”みたいな文化ですが、これにもちゃんとした科学的根拠に基づくものなので、衛生管理の手法として守っていくべきだと考えます。

理にかなった日本の食文化
理にかなった日本の食文化

改めて日本の食文化を見てみると、驚くほど理にかなった例が多いことに驚かされます。寿司は、ご飯を酢飯にして、ワサビをつけ、ガリを添えて、笹の葉の上に供する。これらはすべて自然の素材の殺菌効果を利用したものです。他にも、酸の殺菌効果がある梅干しを乗せて日の丸弁当にするのもそうですし、日本酒造りでは、先に乳酸発酵させておくことで、雑菌が繁殖しないようにする手法を使うことがあります。漬物も乳酸発酵を利用したものです。

腸の中にどういう菌がどういう関係で入っているかを腸内菌叢(ちょうないきんそう)といいますが、ヨーグルトや乳酸菌飲料、漬物などの発酵食品を多く食べると、腸内の乳酸菌類 が増え、腸内菌叢が良くなるといわれます。ビフィズス菌など乳酸菌の種類が腸内に多いほど健康で、寿命も長くなるのではないかという研究をしている学者もいます。人間にとって悪影響のある菌が入ってきても、それを抑え込 める腸内菌叢にしておくことも、日本型の衛生管理手法といえるのではないでしょうか。

共立薬科大学・中村明子先生 は、「もっと微生物と共存すべき」という論を展開されています。日本の発酵食文化は、さまざまな微生物を使っていて、 O157 が発生したときに、普段から納豆を食べている子供 は、発症率がとても低かったという報告も あったそうです 。納豆菌など腸内に良い菌が多く、抵抗力の低い子供でも O157 に対抗することができたのです。抗菌グッズがあふれ、世の中すべてが無菌へ向かっていますが、逆に、ある程度、菌と共存する方が強い人間ができるのかもしれません。

納豆菌やビフィズス菌など、菌といっても悪いものばかりではありません。その意味で、 HACCP で完全無菌にしてしまうことには、日本の食文化から見れば抵抗があります。ある食べ物に食中毒菌があっても、その菌の数が少なければ発症しませんし、逆に、善玉菌と呼ばれるものがあれば、抑え込むことができます。要は、菌の死滅ではなく、「菌の制御」が大きな問題となってくるのです。

HACCPと日本的手法を組み合わせ理想的な衛生管理を
HACCPと日本的手法を組み合わせ
理想的な衛生管理を

外食店舗においては、まず、食中毒菌を持ち込まないことが完全にできれば、それに越したことはありません。しかし、それは不可能なことなので、 HACCP の考え方や手法を採り入れた上で、これまで行われてきた一般的な衛生管理を徹底していきます。これができれば、高温・高湿度の日本でも、かなりの高確率で食中毒を予防することができます。そして、この土台をしっかりとさせた上で、自然の食材が持つ抗菌作用や雑菌を抑える発酵食など、伝統的な食文化を活かし、安全・安心かつ美味しいものを提供していくことが重要になるのです。この工程を各店舗がそれぞれ体系化していくことこそ、日本の外食店舗における「理想的な衛生管理手法」を作り出すことになるのではないでしょうか。



加藤 秀雄

加藤 秀雄

1951年、東京生まれ。73年、日本経済新聞社入社。88年春、日経BP社に出向、「日経レストラン」の創刊準備に携わり、88年10月の創刊時から副編集長。91年9月から2000年7月まで9年9カ月間、編集長を務める。
2000年12月、フードサービス業界向けとしては初の本格的ポータルサイト「Foodbiz」を立ち上げ、プロデューサーに就任。2003年1月、ベンチャー・サービス局次長、同年3月1日付で「日経レストラン」と「日経食品マーケット」の発行人に就任。2006年3月、日経BP社を退社。
98年4月から、女子栄養大学非常勤講師を兼務。2005年4月から、大正大学講師も兼務。

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