夏から秋にかけて、飲食店で気を付けなければならないのが食中毒です。各店舗でルールをつくり、気を付けるべき問題ですが、現実的にはどのような衛生管理をすればよいのでしょうか。近年話題の手法「HACCP」と日本独自の食文化を守る観点から、外食店舗における日本での衛生管理の理想像を考えてみます。
Hazard Analysis Critical Control Point の略で、一般的に「危険要因分析による衛生管理」と訳されます。もともとは、米国航空宇宙局( NASA )が宇宙食の製造のために考え出した衛生管理手法です。救急車が来てくれない宇宙で食中毒になるわけにはいきませんから、完全な無菌食を作るために徹底した管理を行うものです。何しろ食材を「無菌」にしてしまうわけですから、衛生管理手法としては、非常に優れているものです。
HACCP には、7つの原則があります。
(1)危害要因の分析をする
(2)重要管理点を決める
(3)許容限界を設定する
(4)“重要管理点”をモニタリングする
(5)是正措置を設定する
(6)検証手順を設定する
(7)記録を付け保管する手順および文章化する手順を設定する。
もっと簡単な言葉で説明してみますと、自分の店や施設では、何が原因で食中毒が起きる可能性があるのかを把握します(1)。調理方法や保存体制などを含め、取り扱いを誤ると特に危険になる工程、重要管理点を決めます(2)。例えば、サルモネラ菌を持つ可能性がある食材を調理するという重要管理点があれば、加熱調理の基準温度を芯温 65 ℃以上と決めます。どの菌が何度で死滅する、何度になると繁殖するといったことは、科学的な基準を参考にします(3)。基準が決まれば、それが守られているかを定期的に測定する方法を決めます(4)。そして、基準が守られていなかった場合はどうすればいいのか(5)、何を見直すのか(6)を決めておきます。最後に、測定した情報の記録手順も決めておきます(7)。それぞれの決定事項に対しては、従業員個人による判断は一切許されず、決めた通りに実行することが重要になります。
HACCP は、惣菜や食品工場など、食材メーカーで積極的に導入されています。メーカーにしてみれば、作ったものが、いつ消費者のもとで消費されるかわからないので危険性が高くなります。ですから、無菌にしておかなければならないのです。
食べるものから菌を無くしてしまえというのは、アメリカ的発想といえるかもしれません。もちろん、アメリカにもバーボンやビールはありますが、発酵による食文化は日本やヨーロッパに比べると少なめです。漬物やチーズなどの発酵食品は、生きている菌が食物を変化させているので、無菌状態では作り出すことができません。衛生管理を徹底する点で優れた HACCP を否定するわけではありませんが、優れた考え方や手法を認めながらも、文化や食生活の場面と折り合いをつけることを考える必要があると考えられます。そこから、日本型の衛生管理手法が導きだされるかもしれません。
加藤 秀雄
1951年、東京生まれ。73年、日本経済新聞社入社。88年春、日経BP社に出向、「日経レストラン」の創刊準備に携わり、88年10月の創刊時から副編集長。91年9月から2000年7月まで9年9カ月間、編集長を務める。
2000年12月、フードサービス業界向けとしては初の本格的ポータルサイト「Foodbiz」を立ち上げ、プロデューサーに就任。2003年1月、ベンチャー・サービス局次長、同年3月1日付で「日経レストラン」と「日経食品マーケット」の発行人に就任。2006年3月、日経BP社を退社。
98年4月から、女子栄養大学非常勤講師を兼務。2005年4月から、大正大学講師も兼務。