原油の高騰、食料の高騰そして人件費の高騰と外食産業を取り巻く経済環境は日々厳しさを増している。更に乳製品、菓子などの賞味期限切れ食品、牛肉、鶏肉、うなぎなどの生産地偽装食材などといった消費者の期待を裏切る不祥事が社会問題化するなど飲食業従事者に逆風は吹き止まない。
外食産業の活性化のため、外食ドットビズは関係者の方々の考えを中心に、この様な厳しい環境下で飲食業に携わる方々に少しでもお役に立つ情報を発信していく事を目的に『シリーズ 食の危機を乗越える』と題し、不定期に掲載していく。
代官山の閑静な住宅地にあるイタリアンレストラン 「 CANOVIANO(カノビアーノ) 」。東京で最も予約が取りにくい店の一つと言われている有名店である。
オーナーシェフである植竹隆政氏は、調理師学校卒業後、伝説のイタリアレストラン 「 パスタパスタ 」 の開業メンバーとなり、その後24歳の時にイタリアに渡り現地のレストランで約3年間修行を積んだ。そして、1999年11月、36歳の時に代官山にイタリアで最初に入った店と同じ店名となるカノビアーノを開業した。
-まず、最初に、何故食の世界に入られたのかをお教えください-
幼児体験ですね(笑)。おばあちゃんが、外房の御宿で農業をやっていたんです。海で遊び、川で遊び、山で遊び、そして畑で取れた美味しい野菜を食べて育った。その時の楽しい思いが身体に染み付いていたんですね(笑)。
-イタリアで修行を積んだ理由をお教えください。
調理師学校では、和・洋・中の全てを学びました。ただ当時、洋と言えばフランス料理で、イタリアンというカテゴリーが無かったんですね。当時はインターネットも携帯電話も無かったでしょ。イタリア料理の本も無い、東京中でも本格的なイタリアレストランは 「 アントニオ 」 とかだけで、10店有るか無いかの状況でした。だからイタリア料理を学ぶとしたらイタリアに行くしかなかったんですよ。
-初めて行かれたイタリアはいかがでしたか?
片道チケットでミラノに着いて、最初にミシュランを買って食べに行った店がカノビアーノという店だったのですよ。感動しましたね。ルーコラとかバルサミックとか、当時の日本にはまだ無く、初めて見るものばかりでしたからね。感動が知識の吸収力を増大させましたね。それに比べて今の子は全て情報から知識で覚えちゃうから感動が無いんだよね。実際にその物を見たときに感動が無い。その点かわいそうな時代だよね。
-当時目指していたレストランはどういうものでしたか?
日本に帰ってきた時が29歳。はじめは、イタリアで覚えた事をそのままやろうとしていました。でも食材がイタリアと日本では全然違う事に気が付いて、同じ味を出す事ができなかったのです。だからメニューを書く事を止めて、素材探しから始めました。日本の食材が日本人の身体に一番なじむじゃないですか。それで、イタリアで覚えてきた中でも余分なものを落として行って今の料理の原型が出来上がってきたのです。
-当時の経験から素材にこだわりを持たれるようになられたのですか?
そうですね。特に野菜にはこだわりを持つようになりましたね。日本人の味覚には特に京野菜が合いますから、自分で京都に行って、京都の農家の方と契約をして仕入れるようにしました。
パスタについては、それ以前からですね。最初に日本で働いた「パスタパスタ」で使っていたのが DE CECCO (ディ・チェコ)社のパスタだったのですよ。それからイタリアで働いた店も全てディ・チェコだったのですね。使う感覚というんですかね、それが身体に染み付いているから自然の流れで25年間ずっとディ・チェコを使っています。
-昨今、食材原価が高騰しておりますが、実感としていかがですか?またどのような対策をされていますか?
実は、実感があまり無いのですよ(笑)。私の店では、バターや生クリームなどの乳製品やにんにくや唐辛子といった食材を使っていないのです。これらの食材は全て値上がりしていますが、私の店には全く関係無い(笑)。京野菜は直接農家から入れていますし、天然の魚は沼津から入れているのですが両方とも値上がりしていないですからね。パスタは確かに値上がりしていますが、全体に占める割合から見ると微々たるものなので影響はありません(笑)。私のお店は10年ほど前にオープンをしたのですが、コース料理も6,500円と8,000円でずっとやっていますし、これからも値上げすることを考えていません。
特にイタリア料理の良い所は、魚も肉も野菜も全てロスが少ない事ですね。例えば魚は、骨はスープになるし、頭もほっぺたをほじくり出すし、唇のところもコラーゲンだからパスタに入れちゃうとかできますからね。冷蔵庫にあるものも皆ひっくり返してスパゲッティにできちゃうからね。イタリア料理は冷蔵庫整理ができちゃう(笑)。
話は違うけれど、イタリアのお母さんは献立を決めないんですよ。新鮮なものをマーケットで買ってきてから「今日は何にしようかしら」と。それがイタリアの家庭の味なんですね。日本のお母さんはレシピを見てから買物に行くじゃないですか。だから冷蔵庫はいつも大量の余り物だらけになってしまうのですね。これが食材のロスを生んでしまうのですよ。日本の場合家庭から出ている生ゴミの量って半端じゃないですよね。イタリアのお母さんはそういうことはしないですから(笑)。
話を元に戻しますけど、食材原価の高騰の実感も対策も私の店では特にしていない(笑)。じゃあ、他のお店ではどうしたらいいかというと、チェーン店では難しいと思いますが、使う食材を見直すことと食材ロスを極力無くす事じゃないですかね。
-最後に若手の起業家の方に一言お願い致します。
早く孤独を味わってね(笑)。成功していく人間は、孤独に強くないとやっていけないよ(笑)。
植竹 隆政
リストランテ カノビアーノ オーナーシェフ
1963年神奈川県出身。
高校卒業後、東京調理師専門学校入学。
伝説のイタリアンレストラン 「 パスタパスタ 」 の開業メンバーとして活躍。
その後イタリアに渡り、 3年間の修行後帰国。
1999年東京代官山に「カノビアーノ」をオープン。
その後京都・三条に「カノビアーノ京都」、東京ミッドタウンに「カノビアーノカフェ」をオープン。
その他系列店に、東京・八重洲「カノビアーノ東京」、東京・六本木「グリリア・ウエタケ」新宿高島屋・タイムズスクエア「カノビエッタ・タカマサ ウエタケ」がある。
文: 齋藤栄紀