「外食産業は突破口を見出せない迷路の中にある。」
1つの産業において5兆円規模の売上が消失する過程には、なにか要因があるはずである。外食産業に携わる諸人は、縮小化の真っ只中に身を置きながら、 ぼんやりした不安を抱え、同時に「今何が起きているのかを知りたい。」という強い衝動にかられているのではないだろうか。
そもそも外食産業の強みとは何なのか。この迷路を抜けるために何が必要なのか。
草創期・成長期の社会変化にも焦点を当てつつ、そのヒントを探りたい。
バブル崩壊とともに拡大路線に終止符が打たれる
1990年のバブル崩壊とともに、店舗拡大/売上増大の構造に終止符が打たれた。1980年代後半、株価・地価の高騰により個人消費は増大を続けた。当時の消費者の多くは、この好景気はずっと続くものという意識を持っていた。それを受けて企業側も、強気の需要予測のもと、過大な設備投資を繰り返し、正社員を中心とした積極的な採用活動を実践した。しかし、この「夢」は泡と消え、資産価値の低下と企業の「高コスト体質」のみが残ることとなった。
お客様に支持されなくなった時の原因は、必ず「内部」にある
第一世代を牽引してきた外食企業各社の既存店売上は、階段を転げ落ちるように減少していく。しかし、この不況は一時的なもので、すぐに回復基調に戻るという見方が大多数を占めていた。各社は具体的な対策を講じることもなく、ひたすら景気回復を待った。
お客様に支持されなくなった時の原因は、必ず「内部」にある。「不況」は原因ではなく、不況下であっても、お客様に受け入れられる業態や商品を持っていないことが原因である。原因を外部や環境変化に委ねている限り何も生れてこない。
この不況が一時的なものではなく、長期的なものになりそうだという認識が芽生え始めた頃、リーダーカンパニー達は、着々と顧客確保に対する準備を進めていった。1993年、すかいらーくは一部店舗を除いて、「ガスト」というフォーマットに転換をする。ガストは、突然変異的に生れたものではない。バブル崩壊直後から、東京郊外の1店舗で様々な実験を繰り返して誕生した業態である。従来価格780円のハンバーグを380円で提供し、バラエティに富んでいたメニューを徹底的に絞り込み、今では当たり前となったドリンクバーを導入した。このフォーマットはマスコミにも再三取り上げられ、「ガスト現象」という言葉とともに圧倒的な支持を得た。
FF業界で価格への挑戦が始まった
FF(ファストフード)の世界でも新しい波が起こった。1993年に1000号店を達成したマクドナルドが翌年、低価格のバリュー作戦をスタートさせる。同時にハンバーガー100円の実験的セールも行う。また、吉野家も100円引きセールを実施して、ともに大成功を収めた。この実験的セールは、翌年から彼らのスタンダードメニューとなっていく。実験~検証の繰り返しによるFF業界での価格への挑戦が始まった。
彼らはマーケットでの反応をもとに、販売価格の目標設定をする。その中で一定の利益を確保し、必要原価基準を導いている。決して、原価に利益を乗せて「販売価格」を算出しているのではない。言い換えれば、販売価格というのはお客様(マーケット)が決めるのである。いくらお題目を並べても、お客様がそこに価値を感じて買ってくれなければ何の意味も無い。その価格から一定額の利益を引いたのが必要原価となる。この原価を達成すべく彼らの努力が注がれる。チェーストア型企業が強い要因はここにある。
価格破壊ではなく、既存価値の破壊
この時期『価格破壊』という言葉が一般的となった。上記した通り、FR・FFのリーダー達は「価格」を破壊したわけではない。「新しい価格を創出する為に、今までのやり方を破壊した」のである。
この流れに追従を余儀なくされた企業は、一様に経営構造を悪化させてしまう。単なるチーププライス(割引・値引による価格)ではなく、ディスカウントプライス(構造改革によってもたらされる新しい価格)を生み出す事によって、また新しいマーケットが創出されるのである。
新たな価値観を創り上げた第二世代は「付加価値の時代」
1990年代は、外食産業価格戦争の一方、新規業態開発やアジアンテイストの代表される新メニュー群が続々と生れる。また、1994年の恵比寿ガーデンプレイス、1995年ジャスコによる大型SC(ショッピングセンター)パワーシティ四日市、1996年には福岡キャナルシティ等の大規模SCや商業施設の開発が活発化された時期でもあり、外食の様々なヴァリエーションが登場してきた。
加えて、1996年レインズホーム(現レインズインターナショナル)が焼肉店「七輪」で東京市場に参入し、「牛角」出店のベースを築く。スターバックス1号店が銀座にオープンしたのもこの年で、新しい主役達によって、外食創成期とは違った様相を呈してくる。
1970年外食産業誕生から始まった単一ブランドでの出店拡大と、それによる「食の豊かさ/楽しさ」の広がりを実現させた「第一世代」に対して、バブル崩壊を契機に始まった低価格路線と新規業態開発、外食新規参入によって新たな価値観を創り上げたのが「第二世代」となる。この新しい世代は、「付加価値の時代」ともいえるだろう。
外食産業に突き付けられた新たな課題
外食産業市場規模は、1990年のバブル崩壊後も順調に拡大し続けている。各社の既存店ベースでの売上は依然として低迷を続けるが、大手企業による新規出店ペースは衰えず、また、前述の要因により、市場規模は拡大傾向を続ける。しかし、1997年の29兆円超えを達成した以降、毎年数千億円単位で規模が縮小化されていく。2004年では約24兆5千億円、実に5兆円近くもの売上を損失してしまう。外食産業に何かが起きている。1998年から始まった市場縮小化傾向の要因は何か? 解決策はあるのか? 外食産業にまた新しい課題が突きつけられた。
坂尻 高志
外資系コンピューター会社勤務後、すかいらーく入社。店長~事業部運営スタッフ~本部営業部門を担当した後、情報システム部で、店舗系システムの開発に着手。1995年情報システム部長。以降主にすかいらーく本部の業務システムの開発と、業務改善を実施。1999年独立。外食企業のIT化、経営政策の立案、業態開発、スタッフ教育等に従事。