現代フランス料理の祖、オーギュスト・エスコフィエ。彼の功績は料理の創作だけではなく、調理法の合理化、料理場の革新的な設計や衛生管理、料理人の労働環境改善と地位向上に尽くしたことなども挙げられる。
日本エスコフィエ協会も彼の遺志を継ぎ様々な取り組みを行っている。その中で一早く電化厨房の施設を取り入れその普及に取り組んでいる。今回は日本エスコフィエ協会の向佐勝シェフと伊藤彰彦事務局次長に話を伺った。
ここまで、電化厨房の優れた点を伺ってきたが、優れたものにも何かしらの欠点もあるであろう。ここでは、電化厨房の持つ課題についてお聞きした。
【 向佐シェフ 】 やはり一番の問題は、導入コストでしょうね。電化厨房機器は、燃焼式厨房機器に対して30%位のコスト高です。まだまだ現状の既存店の場合は電化厨房は少なく、圧倒的に燃焼式厨房機器が多いですから、これらを入れ替えるとなるとやはり多大なコストがかかってしまいます。特に今は景気が良くないので入れ替えるためには大きな経営判断が必要となると思います。
【 伊藤氏 】 それと、まだ10年程前のイメージを持たれている方が、かなりいらっしゃいますね。火力が弱いから業務用料理には適さないなどとね。例えばオムレツが上手く焼けないとか。実際当協会にお越しいただければ一目瞭然でお分かりいただけるのですが。
【 向佐シェフ 】確かにそうですね。我々と同年代の60歳とか50歳だけではなくて30歳代のバリバリの方もそうですから。
先日も料理歴が10年くらいの方が、更に若手を連れてこられて 「 オムレツは電気じゃ上手く焼けないよ 」 と何気ない会話をしていました。まだ現場では、鉄のフライパンを使っている人が多いのですが、IH調理器の場合は必ずフッ素加工したフライパンを使います。鉄は火から離すと熱がすぐに下がってしまい、たまごがくっ付いてしまうんですね。だからフライパンを火から離すことが出来ないのです。それに対して、フッ素加工をしたフライパンはそういったことはないですね。それにIH調理器の場合は、フライパンを斜めにして先端部だけ接触していれば熱伝導しますから。
フッ素加工品の特性や考え方、IH調理器の特性や使い方ということを認識していただくようにしています。
結局、この方々は帰りには、「 いやーIH調理器の方が良いよね。早くていい。綺麗にできるよね。 」 と最初に仰られていたのと全く違うご意見を言って帰られました(笑)。
【 向佐シェフ 】 料理人の立場から言うと、日本の場合、鍋やフライパンなどの調理器具が遅れているというのも問題だと思っています。電化厨房というのは燃焼式に比べて段違いに熱効率が良いんですよ。だけれども調理器具が遅れているんでそれを活かしきれていないのも事実です。
【 伊藤氏 】 確かにそうですね。IH調理器にあった調理器具が全くないわけじゃないんです。それをちゃんと使えば、効率的にできるんですけれど、いかんせんまだ値段が高いので、今ある物を使ってしまうんですね。結局は違う物を使っているので「出来が悪いなぁ」となってしまうんです。
【 向佐シェフ 】文化が影響していると思いますが、ドイツ、ベルギー、スウェーデンとかは進んでいますよ。これらの国は厨房機器の電化が早くから進んでいますので、調理器具についてもかなり前から研究が進んでいますね。
例えば、1階の電化厨房施設にベルギー製の鍋がおいてありますけれど、家庭用だったら30年、業務用でも10年保証ですよ。これは10年経ったら駄目になるということではなく、使い方によっては15年でも20年でももつ。ほとんど半永久的ですよ。そのくらい進んでいるのです。この点日本の調理器具はまだまだ遅れていますよね。
【 伊藤氏 】フッ素加工のフライパンというと金属を使うと表面が傷んでしまってすぐに使い物にならなくなってしまうと思われがちですが、ヨーロッパのものは何を使おうが傷が付かない。特にドイツなんかは規格が厳しい。衛生環境などに対しても、業務用厨房の床の隅には必ずアールをつけて埃が溜まりにくくしなさいなどと法律が厳格に規定しているのです。
電化厨房をもっと広めるためには、調理器具などの備品も含めた底上げがもっともっと必要でしょうね。
日本エスコフィエ協会
初代会長・故小野正吉(ホテルオークラ総料理長)が中心となり、日本の現代フランス料理の草分けともいえる25人の料理長が集まり1971年に創設。
近代フランス料理の祖オーギュスト・エスコフィエの弟子たちにより”エスコフィエが確立した近代料理術と伝統の継承と発展、調理技術の再教育などを目的としてフランスで設立されたエスコフィエ協会”の精神を基に、現在では、5代目の浅野和夫会長(マキシム・ド・パリ顧問)のもと、2007年9月に文部科学省から「社団法人日本エスコフィエ協会」の認可を受け、約1800名の会員の所属する協会として幅広い活動を行っている。
取材協力 担当シェフ 向佐勝氏(元ホテルオークラ、赤坂迎賓館総料理長)
事務局次長 伊藤彰彦氏