キリンビールといえば言わずと知れた日本有数のビールメーカーである。その歴史やシェア、またはプロモーション戦略などからコンシューマ向けのイメージが強いかもしれないが、外食企業や飲食店に対する取り組みにも長い伝統がある。今回は、キリンビールが現代の外食業界にどのようなビジネスを展開し、どのような展望をもたれているのかをレポートしてみたい。
消費者のアルコール離れは否定できないが、飲酒に対する価値観の多様化が進んでいるのも事実だろう。それに適したドリンクを提案できれば、外食産業における飲酒市場の活性化も図れるのではないだろうか。キリンビールも活性化を促すために、新たな酒文化を確立するという考えを持っている。そのための具体的な行動のひとつが、六本木ヒルズにあるビア・バー 「 ハートランド 」 である。1980年代に六本木6丁目にあった 「 ビアホール ハートランド 」 にちなんで誕生したもので、キリンビールの直営ではなく、ハートランド復活に賛同したパートナー企業にコンセプトを提案するという形態になっている。
旧ハートランドは、キリンビールの商品である 「 ハートランドビール 」 が誕生した場所として有名な店舗。当時有名になりつつあった劇団のワハハ本舗がステージに出演するなどアミューズメント付きビアホールの先駆けであり、料理に関してもメニューを20程度に絞ってとにかく美味しいものを提供するという当時としては珍しいスタイルにこだわっていた。80年代のハートランドは、酒の店の新しい形を提案して人気を博したのである。六本木ヒルズは、その跡地にあたることから、ハートランドを復活させて新たな酒文化を提案することになったのである。「 現代のハートランドは、コミュニケーションをメインにしたスタンディングバー形式で、ニューヨークのロビーバーがモデルになっています。ホテルのテナントとして入っているバーではなく、宿泊客のためのちょっとしたバーというのがロビーにあるのです。ここはお酒を間に置いてコミュニケーションを図る場所ですから、店内環境は明るい雰囲気でなければいけません。席という隔たりもなく自由に会話を楽しむという、お酒の新しい文化を若者に提案しているのです 」(営業開発担当 主務 フードビジネス・サポートリーダー 鬼頭健氏)
運営的にも成功しており、同じようなことをやってみたいという申し出も多くあるとのこと。「 ハートランドのような店舗をやりたいという意向を押しとどめるのも我々の提案のひとつです。いくら消費者ニーズに合っているといっても、立地など条件によって集客が難しい形態でもあるからです。一軒一軒の経営者に合わせたお店のお手伝いをするのが我々の考えであり、決してパッケージにして広げようという狙いは持っていません。経営者の方が納得する店のお手伝いをしたいと思っています。ですから、一般の方からすればキリンが提案した店は、あまり多くないように見えるでしょう。しかし、それは決まったパターンやパッケージではなく、酒文化という観点からお店づくりを提案しているからです 」(鬼頭氏)
また、キリンビールは、大規模商業施設のレストランフロアのアイデアやコンセプトをデベロッパーに提案したり、それに見合う業態を運営する得意先店舗を紹介するというビジネスも行っている。他にも、飽和状態の日本市場を飛び出し、中国など海外出店に協力するという事業も進めている。「 ビール会社ではありますが、そこまでやらなければいけない時代だと思っています。ただ、こういったビジネスは、我々がなりたい姿を目指して行動した結果から生まれた資産です。我々は、とにかく現場に出向いています。誰よりも飲食店舗のことを知っているとなれば、テナントの導入に際しても提案ができるようになりますよね。街がどうなっているのか、それぞれの店舗がどういうことを考えているのかを知っていれば、そのマッチングができるようになるのです 」(鬼頭氏)
キリンビールの外食営業の基本的な考えは、エリアを面で捉え、とにかく回ることにある。回りつくした結果、ネットワークという資産ができ、それを活用して店舗開発ビジネスが拡大しているのである。ただ、これは、あくまでも副産物であるという。「 キリンビールのメーカーとしての目的は、商品を通してお客様(消費者)に笑顔になってもらうことです。そのためには、商品を手に取ってもらうことが第一歩であり、一人一人の近くにキリンビールがあるという状態を作ることが大切です。それがキリンビールのビジョンです。そのために営業マンは、お客様に近いところへ足を運んでいるのです 」(鬼頭氏)
キリンビールは、価格営業から価値営業にシフトしていると書いてきたが、価値営業という言葉自体もさまざまな意味を持っている。キリンビール商品の価値を伝えるのも価値営業だろうし、パートナーである飲食店が価値だと思うことをサポートするのも価値営業といえるだろう。外食業界が変われば、価値営業も変わっていく。それを正確に見極め、メーカーとして的確な提案をするには、消費者に近い場所に居つづけるしかないのは真理だろう。先行きの見えない外食産業界において、キリンビールが新たな価値や新たな文化を提案してくれることに期待したいところだ。
キリンビール株式会社
会社設立 : 2007年(平成19年)7月
会社概要 : 日本のビール産業の父と呼ばれるウィリアム・コープランドが、1870年に設立した最初のビールメーカー 「 スプリング・ヴァレー・ブルワリー 」 を起源とする草分け的企業。1907年に 「 麒麟麦酒 」 として発足して以来、長きにわたりビールシェアのトップ争いを繰り広げている。なお、ビール以外を含めた酒類の販売高は業界一を誇る。
昨年7月1日の持株会社化に伴い、キリンホールディングス100%出資による事業子会社のキリンビールとして改めて発足した。
経営理念 : 酒類事業の誓い「誰よりもお客様の近くに。そして、もっと豊かなひとときを。」
代表者 : 代表取締役社長 三宅占二(みやけ・せんじ)
取材協力 : 営業本部営業開発部 営業開発担当 主務 フードビジネス・サポートリーダー 鬼頭健氏
文: 貝田知明