飲食店の起業家は、調理人であるケースが多い。明確な調理ノウハウがあり、自慢の一品で勝負すれば、そこそこの成功は手に入れられる。もちろん立地の問題や店舗の見栄え、一緒に働くスタッフ教育、サービススタイルなど調理人としての役割を超えた部分での能力は求められる。この 「 速習!起業リファレンス 」 でも述べてきたように、1店をオープンさせるには、かなりのパワーが必要となる。でも自慢の商品があれば、そして、それが他の店舗よりも圧倒的に強いものであれば、それだけでも充分戦えるのである。
街の片隅にある人気店や路地裏にある名店などは、どこから見ても成功モデルとは程遠い。店舗開発の専門家が見ると、真っ先に候補から除外される立地なのに、遠くからわざわざその店を目指して来店するお客様で溢れている光景をよく目にする。その吸引力は、商品にあるのだ。そこでしか味わうことのできない強力な商品があれば、店舗を支える他の要素はかすんでしまうのだ。
しかし、その吸引力が失われてくると、往々にして何だかんだと理由をつけて、別の商品の開発に力を注ぎ、いつしかお客様に去られていくというケースも多い。この法則は、チェーン企業の商品開発でも同じようにあてはまる。看板商品の力がなくなると、「 お客様のニーズの変化 」 とか 「 この商品の役目は終わった 」 という “ 訳のわからない理由 ” で、他の商品の開発に力を注いでしまうのだ。チェーン企業の商品開発担当者の中には、常に時代をリードする新しい商品を生みだすことが、商品開発だと思い込んでいる人が意外と多い。これも場合によっては必要だが、重要なのはその商品にさらに磨きをかけること。これこそが、商品開発の重要な職務であることを忘れてはならない。
つまり、他店の追従を許さない強い商品があれば、それだけで商売は成り立つ。1店舗目が成功すれば、2号店目、3号店目と拡大させたいという事業欲も湧いてくる。この時こそ 「 経営者感覚 」 が試される。職人としての大きな葛藤は、今まで自分の持っている技術を公にしないと店舗の展開は不可能になるということ。「 職人魂 」 との凌ぎ合いである。まして、調理場というお客様から最も遠いところで調理していた立場から、起業した途端にお客様の反応がダイレクトに伝わるポジションに移ると、今までなかった迷いも生じてくる。「 職人魂 」 の延長線で店舗展開しようとすれば、まず成功はしないはずだ。≪ 第一回目: 起業をめざして…心構えはOK? ≫で述べたように、起業する場合に何を求めるかについては、その人の人生観の問題であり、正解は存在しない。どの部分で自己実現させるかが重要なのである。
某有名な低価格ラーメンチェーンのオーナーが、「 成功した要因は何ですか? 」 と聞かれた時に、「 ほどほどの旨さを追及してきたこと 」 と答えた。ラーメンという商品は、100人居れば100通りの好みがあるといわれる商品である。自分流の 「 旨さ 」 を追及すればするほど、お客様の支持は二極化されてくる。不味ければお客様は当然来ない、かといって、自分流にこだわれば、コアなファンは付くかもしれないが、多くの人に向けて財布に優しいラーメンを提供することは不可能となる。ましてや。家族皆が来店してくれる店はできやしない。ラーメンという商品の特性といってしまえばそれまでだが、経営者感覚とはこういうものである。これはラーメン職人としての “ こだわりを捨てた ” ということではない。職人魂と経営者感覚の “ 微妙なバランスの成せる技 ” なのである。
「 外食企業物語 」 で紹介された企業でいえば、「 モスフードサービス 」 が商品へのこだわりによって、店舗を拡大させた好例である。次回はそのあたりを分析、解説してみたいと思う。
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