繁盛店には、来店の度に新しいお客様を連れてくる“愛顧客”が必ずいることに注目して「愛顧客理論」を確立し、数々の人気店舗に携わっている店舗プロデューサーの川野秀哉氏。多くの店舗プロデューサーが開業までを仕事領域としているのに対し、愛顧客育成をベースにオープン後にも積極的に関わり、約半年で繁盛店へと導くのが川野流である。また、自身のブランドである「豚料理専門店豚公司(とんこんす)」も人気店に育て上げており、その理論を実践、さらにブラッシュアップを行っている。今回は、起業を目指している外食ドットビズ読者に向け、繁盛店のプロフェッショナルである川野氏から貴重なお話をうかがうことができた。
コンピュータシステムの会社に就職してましたが、20代半ばで独立を決めました。というても、具体的な目的があるわけではなく、「 どうしようかな? 」 と思てました。相談したのが地元で喫茶店をしていた昔からの仲間。「 うどん屋でもしよう思うんやけど、どう思う? 」 と聞いたんですよ。そうしたら、「 そりゃええけど、大変やで。ライバル多いがな 」 と言われました。その彼が 「 ところで、いま何してんの? 」 と聞いてきたんで、「 コンピュータソフトを作ってる 」 ていうたら、「 難しいことしてんねんな 」 と彼が言うてくれて、ピンと来るものがあったんです。
僕ね、もともと競争するのが嫌いなんですよ。うどん屋は、ようさん(編集注:仰山の意味)ライバルがおるわけです。それに対して、自分では屁とも思ってないコンピュータソフトは、一般的に難しいと思われててライバルがそんなにおらん。それやったら、ソフト屋で独立しようと思たんです。商売人の家に育った僕の根底には、「 川野が作った商品が気に入ったから・・・ 」 というお客さんを相手にしたいというのがあるみたいですね。
それで4人で創業したんですが、当初は小口管理システムというものを扱ってました。和歌山にある年商100億円という梅干屋から、小口管理をやってほしいと言われたんです。大手のスーパーに流す商売が大口ならば、個人から来る問い合わせが 「 小口 」 というわけです。今から20年以上前の話です。大手の梅干屋が小口の販売だけで何億円という商売をしてました。そのシステムに絡んだわけですが、これって小口管理というよりも通販やんけ!と思うたんです。シャディとかニッセンの通販しか知らんかった時に、食材の通販に目を付けました。独立した以上は、自分たちでブランドを作りたいですから、「 蔵元直産:くらもとじきさん 」 というシステムを作りました。産地の生産者が、消費者に対して直接送る通販のパッケージソフトです。誰もが通販に興味を持ち始めていたから、セミナーを全国でやったらようさん人が来るんですわ。それなのにシステムは売れへんかったですね。
そんなある時に、大阪の西成にある製麺会社の社長が 「 通販したいけど、どないしたらええの? 」 と聞きにきてくれたんです。「 このシステムを買うてくれたら 」 って答えたんですが、「 システムの前に客をどうやって集めたらええねん?ようさん通販している会社を見てるやろ。金払うから、立ち上げを手伝うてくれ 」 と言われたんです。なんぼくれるかって聞いたら、100万円と言うんです。コンピュータのソフトが200万円位してた時ですから、そらええやんとすぐに乗りました。結局、10ヶ月位経ってようやくその通販システムが立ち上がりましたが、それが飲食関係者と関わるきっかけ。通販をしたいという食品関連会社からの依頼が来るようになりました。
食材メーカーの通販を手伝うたびに、食材のいろいろなことを教わったのが幸せでした。有名なベーカリー DONQさんの通販を手伝っていたときに、つい 「 ○○パン(ライバルとなる大手パン会社)ってうまいですよね、やわらかーて… 」 って言うてしもたんです。そうしたら怪訝な顔をした工場長から、「 あんな生焼けのパンがうまいか? 」 って言われました。それで焼たてのバケットを食べてみいやと出されたんですが、パキンと割れて、湯気がふわっと上がる。これが本物のパンなんですね。「 ○○のパンは、こうなるもっともっと手前で焼くのを止めとんねや 」 と教わったんです。それをきっかけにハードなパンのおいしさや、正しいパンの知識を教えてもらったんです。
肉や野菜、そば・うどんなど、いろいろな食材の知識を通販システムを売るたびに教わっていきました。たとえば梅干やったら、「 塩梅:あんばい 」 という言葉からも味を学びましたね。最近、何で蜂蜜入りの梅干が多いかというたら、健康志向で減塩が進んだからなんです。塩分濃度が高い梅干は体に悪いと言われて、塩分をどんどん控えていったんやけど、そうすると今度は酸っぱさが際だってくるんです。その酸っぱさを抑えるために蜂蜜を入れてるんですよ。本来、梅干は保存食です。保存食というのは、塩分か糖分で保たせるもの。その塩分を減らして蜂蜜を入れたらけったいなものになるんですよ。塩分を増やすと酸っぱさを抑えられる、塩分を減らすと酸っぱさが勝つ、このバランスが正しい状態を “ 塩梅がいい ” というわけです。こんなことを梅干屋に教えてもろうてたから、味が濃いなと思ったら 「 ちょっと酢を掛けてみぃ 」 とアドバイスできるようになった。食材を通じて、料理の基本中の基本が身に付くことになったんです。
株式会社リンク
代表取締役(店舗プロデューサー) 川野秀哉氏
1959年大阪府出身
1987年にコンピュータソフト会社リンク創業、通販ソフトおよび通販事業の立上げ指導を業務としていた。その後、飲食店をはじめ各種店舗のアドバイスも手がけるようになり、繁盛店には必ず愛顧客(来店の度に新しいお客を連れてくるお客)がいることに注目して「愛顧客理論」を確立。
日経レストラン誌には、02年から2年間「愛顧客育成講座」「愛社長養成塾」を毎月4頁執筆。幅広い読者層の支持を集めて、連載終了後はナニワの繁盛指南士として活躍、「愛される店の理由」も上梓する。05年には自ら「豚料理専門店豚公司(とんこんす)」を開店、愛顧客育成の実践などノウハウのショールーム的な位置付けで人気店に育てている。