2003年12月24日、米国内でBSE感染牛が発見されたことに端を発する米国産牛肉の輸入禁止問題。解禁、そして再禁止と紆余曲折を経るなか、外食産業では業界再編にも近いほどの大きな影響がありました。改めて輸入が再開された現在も流動的な状況が続いていますが、「外食日報」編集長という立場で、この問題を目の当たりにしてきた菅則勝氏に輸入牛肉問題の根底にあるポイントを語っていただきます。
米国産牛肉輸入禁止の期間中、豪州産牛肉が輸入牛肉の供給を支えてきた。2004年春まで、大手の牛丼、焼肉チェーンで豪州産牛肉へのシフトを発表したのは安楽亭のみ。現在、いずれの牛丼、焼肉チェーンでも豪州産牛肉をメーンメニューに使用していることを考えると、ちょっと意外な思いがする。
今回は豪州産牛肉について触れてみたい。
特に牛丼チェーン各社が豚丼を提供した際、判で押したように「豪州産牛肉を使用した牛丼提供の可能性は」という質問が出た。回答はいずれのチェーンでも「可能性はない」というものだったと記憶している。大手4社のうち、3社が豪州産牛肉を使用した牛丼を提供していることを考えると、疑問に感じる人も多いのではないだろうか。
これは米国産牛肉の輸入禁止がそれほど長期化しないという見通しに加え、豪州産牛肉と米国産牛肉の取引形態による違いにある。
米国では部位ごとに販売する取引形態が一般的である。外食業界もその取引形態の恩恵を授かることでローコストオペレーションを確立している。
豪州ではフルセットと呼ばれる1頭分の牛肉を販売する形式か、いくつかの部位を組み合わせたセット販売という形式が一般的だ。
どうしてこのような違いがあるのだろうか。この違いは自国での消費量に関連してくる。両国の消費量は、単純にいえば、人口の違い、胃袋の数の違いによるものだ。米国の人口は約2億9000万人、豪州の人口は約2000万人。
牛からはさまざまな部位の牛肉を取ることができる。特定の部位だけに注文が集中すると、ほかの部位が余ることになる。特定の部位を輸出するためには、残った部位をどこかで消化する必要がある。
米国には人口約2億9000万人という多くの国内消費がある。特定の部位を輸出して、ほかの部位が余ってしまっても国内での消費することができる。これによって部位別の取引形態が一般的なものとなった。
豪州は人口が約2000万人であり、大きな自国消費が期待できない。特定の部位に注文が集中するということは、残った部位の買い手を探さなければならないことになる。当然、すべてに買い手が見つかるとは限らず、値崩れを起こすことも考えられる。これによって豪州ではセット販売という取引形態が一般的になっている。
蛇足だが、米国は牛肉輸出国である半面、牛肉輸入国でもある。豪州にとって米国は日本と並ぶような輸出先の一つでもある。
2003年までは米国から特定の部位を購入することができた。牛丼チェーン各社が豚丼提供のタイミングで豪州産牛肉の可能性を否定したのは、こうした取引形態の違いによるものだ。牛丼に使用してきたショートプレートと呼ばれる部位だけを購入し続けることは考えにくい。加えて、米国産牛肉の輸入禁止がこれほどまでに長期化するとは思えないような状況だったことを重ね合わせると、豪州産牛肉の使用は考えにくかったことも理解できる。
米国産牛肉不在が長期化することで、供給体制には変化が生じた。外食側でも複数の業態で異なるメニューを開発することで、セット販売というシステムを生かすようにしている。
ゼンショーのすき家が2004年9月に豪州産牛肉を使用した新・牛丼を投入した。大手4社の中で豪州産牛肉を使用したのは初めてのケースだ。ゼンショーは食肉を軸とした業態をグループ化することで業容を拡大してきた。特に牛肉をマーチャンダイジングし、その結果をすき家以外にさまざまな業態で生かしている。いち早く豪州産牛肉を使用した牛丼を提供できたことが投入をスムーズにしたといえるだろう。
輸入商社を通じて特定の部位を手に入れられる機会も増えている。
米国産牛肉輸入禁止は豪州産牛肉にとっても大きな転機となった。豪州産牛肉は米国産牛肉の不在を一手に支えている。米国産牛肉輸入解禁となった現在もこの状況は変わっていない。もちろん対日輸出が増えたこと大きな変化だろうが、これはあくまで副産物にすぎない。
大きな変化は品質についての評価を高めたことだ。豪州産牛肉は牧草を食べて育った牧草飼育牛肉、一定期間穀物を与えて穀物肥育牛肉に分かれる。これまで日本でイメージされる豪州産牛肉は牧草飼育牛肉であり、品質についての評価は高いといえるようなものではなかった。
豪州で生産される牛肉は3分の2が牧草肥育牛肉を占める。対日輸出となると事情がことなり、日本市場の声を反映して穀物肥育牛肉の比率が高まる。豪州産牛肉のなかで、穀物肥育牛肉の対日輸出は、米国産牛肉輸入禁止前の2002年で40%。これが2005年になると穀物肥育牛肉の割合は48%と約半分にまで増えている。
日本市場が求めるおいしさに向けて品質を改良してきた結果が、穀物肥育牛肉の増加という評価につながったといえるだろう。外食でも手軽なFFから客単価の高い高級レストランでも豪州産牛肉を使用している。
MLA豪州食肉家畜生産者事業団が発表したアンケートでも品質向上に対する評価は8割に達する。アンケートは調査会社を通じ、輸入・卸売業者、外食、小売といった牛肉業界関係者に豪州産牛肉について聞いたものだ。豪州産牛肉の品質については83%が品質が向上したと回答。豪州産穀物肥育牛肉の対日輸出増加が評価を高めることにつながったといえる。
豪州産牛肉は日本市場が求める品質にこたえた商品を供給することで、評価を高めてきた。今後、かつてのように、国産、米国産、豪州産の牛肉が日本市場を3等分するような状況になるか分からないが、品質を高めてきたことは大きな転機であり、大きな財産となるに違いない。
菅 則勝
1970年、埼玉県生まれ。書籍編集者、業界紙記者を経て、2000年3月、外食産業新聞社に入社。02年7月より日刊の外食専門紙である外食日報の編集長を務める。これまで米国、カナダ、オーストラリアで、食肉加工業者のと畜加工処理プラント、肥育場、飼料工場などを視察した経験を持つ。米国、カナダはBSE発生後であり、各国への輸出減少など、さまざまな影響がある貴重なタイミングでの視察となった。